1.(1ー1)地下聖堂
その街は、きな臭い空気に淀んでおりました。
いえ、街だった場所、と、いいましょうか。今はもう、焼けて崩れた、ほぼ廃墟です。
煙。硝煙。火事のくすぶる黒い煙。
どこかでむせび泣く声、すすり泣く気配。
そんなもののなかで、ふんわりとした白っぽい髪を頭上でふたつ、お団子結びにまとめた少女が、ぽつんと座っております。
火の粉がまだちらつく煉獄の廃墟めいた街の、だれもいない瓦礫の山のただなかに、まるで街のようすとは無関係に、しんと落ちついて、座っています。
まだあどけない姿のかのじょが抱えると、やけに無骨に大きく見える蓄音機を、膝のうえに置いています。喇叭の形の拡音器のついた、アナログな蓄音機です。
少女はうつむいて、黒いレコード盤に指を滑らせております。
焼け残った柱や、砕けた石や割れた破片がそこここから、あぶなっかしく飛びだしている瓦礫の山。
ふと。
カラリ、砂利のかけらが崩れる音がしました。
つい、と少女は、あまり表情の動かない顔をあげます。
「まったく。街ごと、というのは」
声が、聞こえました。少年の、若い声。
「感心しませんよ、リリル・リリィ・リル」
「……カンディート」
一瞬前まで誰もいなかった場所に、青色の装束をまとった若者が忽然と立っております。
なかなか、憤慨したようなそぶりを見せております。ぷりぷり、と怒っているようです。
リルと呼ばれた少女は、でっかな蓄音機を膝にかかえたまま、こてんと首を傾げます。
「…どうしたの。おこっているようだけれど?」
「ええ、怒っていますとも!」
カンディートは、腕組みをして憤然と頷きました。
「この街には、すばらしい味を保証するケーキ屋と、みごとなタルトを出す喫茶店があったのですよ。こうなる前に、職人たちだけは、私が別の場所に隠したからよいものの」
「……ここは、鏡の国だけれど」
「美食の損失に、敵味方の垣根はありません!」
白髪に青い飾り帽子をのっけた若者は、腕組みをし、力いっぱいに断言します。
リルは、太めの眉毛をちょっと困ったように下げますが、これは普段からこのような形でしたので、あまり変わっては見えませんでした。
カンディートと呼ばれた少年は腕組みをといて、腰に腕をあて、リルに向かいます。
「あなたのやっていること自体は、私としてもなかなか、興味深いものだと思いますが、ね。心しておいてください、私の行きつけの、気に入りの甘味を損なうようなことがあれば、リル。次は貴方といえども」
「…わたしは、きっかけをつくっただけよ」
リル・リリィは、妖精が鈴をふるような、幼い、澄んだ声で言いました。
そのまま興味を失ったように、ふいと膝のうえの蓄音機に目を落としてしまいます。
カンディートはリルのその態度にやや憮然としましたが、
「……忠告はしました。次はありませんよ」
「気は、つけるわ」
こくりと頷いたリル・リリィの動作に一応は満足して、スイと空間のはざまに消えました。
リルは、この子は嘘はつきません。
カンディートの要望どおり、かれが好むものに手を出さないようには、今後はきっと気をつけるでしょう。
二つの氏族が折り合って暮らしていた、鏡の国のこの街は、それぞれの氏族の長が互いを信頼し、互いを尊重しあって日々を紡いでおりました。
その絆を、すこし試してみたかったのです。
リル・リリィがちょっと手を出したら、けれどそれは、あっけなく崩れてしまいました。そしてその果てが、街ごとのこの殺しあいです。
比較的平和に生きていたこの街は、夜や夢と戦うでもなく、鏡の国の住人どうしで争いあい、滅びました。
幾十、幾百とみてきた類型と、今回もたいして変わりません。けっきょくここにも『きれいなもの』はありませんでした。
それでもリルは、この街で観たすべてを『物語』として記録します。
「わたしは、ただ」
リリル・リル・リリィは、鈴をふる声でつまらなそうにぼやいて、レコード盤の表面を撫でています。
街の悲鳴、信じあっていた者たちの嘆き、叫び、疑心暗鬼をつめこんだ円盤を指で辿ります。
「きれいなものが、みたいだけなのだけれど」
ここにも、それはありませんでした。
◆◇◆
ジャアッ、と、
濡れた砂袋をはでに引き裂くような音が、崇継の鼻先ではじけます。
ばらり、と、薄黒いうすい布切れのようなものが、ずたずたに千切れとぶありさまを、青年の背中越しに、かれは冷静に見ていました。
ほんの一歩先の目の前で、ばらばらと地面に落ちて、黒い砂になって消えてゆくそれを。
それは影の残骸です。いままさに、崇継たちをその大きな爪にかけようとしていた、不定形のばけものです。
すぐ鼻先まで襲い迫っていた危難に、しかし男の表情に浮かんでいるのは、ただただ感心の表情でした。
(ほう…)
かれらを襲った影を、けっして崇継には触れさせないだけの余裕をもって的確に撃破した灯真は、護衛に寄せられた雇い主の信用にじゅうぶん、応えています。
「倒せるものなのだな、人形でなくとも」
崇継は感嘆を込めて呟きましたが、ややぶっきらぼうなところのある青年は、それについては聞き流したようです。灯真は、ぶん、と剣を地面に向けて振りおろし、黒い残滓を払いました。ちらりと目でその刃こぼれの有無を確かめてから、
「怪我はないか、東堂さん」
振り返った人形遣いの青年は、律儀に崇継と目を合わせて確認するのです。
「ああ、大丈夫だ。世話になるね」
東堂崇継は、その落ちついた佇まいのとおり、やはり鷹揚に返事をします。
そのまま、するりと流れるように目線を下げて。
自分自身の身だしなみを確認しても、かっちりと着込んだスーツにも外套にも、埃ひとつかかってはおりませんでした。
鏡の国の人形たちは、戦うことに慣れています。
鏡の国はその成立の当初から、夜の国と戦いつづけていますから。
だから、夜の国夜の子ら相手ではなく、魔境に巣くう影たちを相手にしても、灯真と瀬綺は、相変わらずの際だったはたらきを見せていました。
地下の道は、ひたすらに塗りつぶされたくらやみです。
崇継たちの持つ燈火がかろうじて闇を押しのけるものの、数歩の先はもうまっくらで、そのさきに何があるのかなど、崇継にはまるで見えません。
「ただいまぁ」
そのわずかな灯りが照らす範囲に、トンッとかろやかな足音をたて、瀬綺が戻ってきます。崇継のそばで彼の身を警護していた灯真は、パートナーである少女をちらと見ました。
「無事か」
「それこっちのセリフじゃない? アタシは無事、もちろんよ、もち。夜の奴らを相手にするよか断然らくだよね、達成感はあんまないけど」
少女の姿の人形は、肩をすくめてパッパッと両手を払いました。
彼女は今しがた、この先の道筋にたまっていた影たちを掃討してきたところで、先ほど灯真が仕留めたのは、その網からどうしてもこぼれ落ちた一体だったのでした。
「結局、何体いた」
「五…?うーん六、七体、かなー。途中ふたつみっつくらい、まとめてブチっちゃったから、アイマイ。こっちは?」
「手筈どおりに一体だけだ。そっちで引きつけて始末してくれたから、僕だけでも、充分に相手ができた」
「そ、よかった。あっ、たかつぐサーン!このさき、もう入ってヘーキよ。ここらへんもう、あぶないの居ないと思うよ」
瀬綺は、十七、八の娘らしいかろやかさで、雇い主に向けてぴょこぴょこと手を振ります。崇継は、ややもすると無礼にもなりかねないその懐っこさに苦笑しました。
「ありがとう。すこし待ってくれ、もう一度、道を確かめるよ」
崇継は言います。そして手にした特殊なコンパスの盤面を確かめる。
ランプの燈が揺れて、指針を金色にきらめかせています。
瀬綺が、比較的に遠慮なく覗きこみました。
「ど?」
「ああ、やはりこの、もうすこしだけ先のようだね。進もうか」
上等な革靴がトンネルの本線に踏み込み、廃棄されて久しいくらやみの地下空間の石の床を踏みしめます。それにあわせて、少女人形の紺のパンプスと青年のブーツが靴音を響かせてゆきます。
暗い地下空間に、ランプの燈と三人分の足音が、やがて吸い込まれてゆきました。
人形遣いの灯真と人形の瀬綺のペアは今回、燈坂という貴族に推挙され、東堂崇継の護衛として雇われました。
この地下道やその先の空間は、いまでは遺跡として扱われています。
ずうっと、ずうっと昔に廃棄された場所で、もとは栄えた街のある一帯だったのが、夜にやられて廃墟となったのでした。人の手が入らず魔境と化し、影だの古い獣だのといった危ないものが、やたらにうろついています。
戦うすべを持たない人形師が踏み込むにはいささか危険すぎる場所なのですが、崇継はいま、この地下の先に用事がありました。灯真と瀬綺の今日の役目は、人形師・東堂崇継の、往路復路の身の安全を守ることです。
「でもさー」
道中の沈黙に飽きるのか、瀬綺はやたらとあれこれ、灯真にも崇継にも話しかけます。そんなに音を出して危険はないのかと当初は危ぶんだものですが、必要があれば人形遣いの青年が彼女を制すると分かってからは、崇継もそれなりに、少女のおしゃべりに付き合っていました。
ちなみに灯真のほうはというと、こちらはあまり喋ることを好まないようで、話しかける瀬綺に対しても、必要なこと以外はしばしば黙殺しています。
「なんで、こんなアブナいとこにある、その、大聖堂? そんなを目指すわけ、たかつぐサンは?」
「聖堂や教会、祠というものは、ひとびとが祈りや願いをいっしんに向けたところだからね。つよく、指向性をもつ想いが、集合して残っていやすい」
「えー、でもそれなら、ふつうにどっかの街の教会とかでよくないの?」
実力は折り紙付きながら、礼儀や敬意という面にやや難のある瀬綺の物言いは、ふだん敬意を向けられ慣れている男にとってはあまり馴染むものではありません。けれど崇継は苦笑して答えます。
「魔境に堕ちた土地というのは、往々にして深淵の影響をつよく受けるようになるのだよ。そういう場所で凝った思念は質がいい」
「ふうん?」
「指向性を残したまま、魔境に磨かれるのだ。そういう、純化した思念で魂をつくると、定着したときに良い人形に…強い人形に、なる」
「ふうん? ふうん? えーっと…そうね、強いのは、いいよね」
目を白黒させる瀬綺の若さに微笑んで、崇継はランプを持ちなおします。
『こんなものを手に入れまして』
その場所へ辿りつくための導針盤は、今はもうほとんど出回っておりません。
東堂崇継が今回の機会を得たのは、人形師として名高い彼自身の人脈によるものといえましょう。遠い街に住む丁寧な物腰の金髪の青年は、ある日、崇継のもとに通信をよこしてこう言いました。
『たしか、《思念》はそういった場所にこそ、よいものが凝っている……のですよね? これはあなたにお渡しするのが、僕らのためにも、もっとも有意義そうです』
東堂の名を見込んだ燈坂は、崇継が頷くや、地下聖堂へと導く貴重なしるべを送ってきました。見返りは戦力。崇継の人形を数体、あたらしく、彼の采配する部隊に貰いうけたいといいます。
収支だけで見ればトントンかそれ以下の話なのですが、燈坂やこの国への義理と、自身の飽くなき人形への情熱、研究心が、崇継にこの話を呑ませたのでした。
(志麻、明里に…緑呂あたりなら、力量だけで考えれば、あのまま燈坂くんのもとへ出しても良さそうではあるが…)
だが、と反語を添えて、崇継は思案します。だがそれは、人形たち当人が望めば、の話です。崇継は、いま屋敷に仕上がっているマスター待ちの子どもたちの顔を思い浮かべて考えを巡らせます。
(やはり新しい人形を何体かつくって、そのなかから選ぶべきだろうか)
憲兵に向かなさそうな性格の人形を、無理に送り出したくはない。
それは東堂崇継にとっての、自分のつくりあげる人形たちに対する自然な親心でした。
人形。
この国でいう『人形』とは、愛でる玩具ではありません。かれらは、なまみの身体と自己意思をもつ存在です。漂う想念、刻まれた思念、遺された想い。そういったものを魂に変換し、よりしろとなる本体に定着させてつくられます。
姿かたちは人間とほとんど変わらず、身体能力もふだんは人間並みで、けれどかれら人形は、人形遣いに触れることで「力」を補給し、非常に強い能力を発揮します。
人形は、鏡の国をおびやかす、『夜の国』や『夢を織るもの』と戦うために、この国になくてはならない戦力でありました。
そうして、その人形たちを生み出すのが人形師です。
人形の「魂」や、その素材となる「思念」を目で捉え、触れて、扱うことは、人形師たちにしかできないことでした。
やがて、足音の響きが変わりました。
ゴツゴツと荒い瀝青炭で固められていた通路が、ある地点から、磨かれた鉱石のタイルに変わっています。磨かれた、とはいっても、経年の劣化で砕けたり、砂塵や泥がつもってこびりついたりしてはいるのですが。
「ここ?」
巨大な石の扉を見上げてから、瀬綺が崇継に振り返ります。
「そのようだな」
崇継が頷くと、瀬綺は灯真に向き直りました。
「蹴破っていい?」
「えっ」
「閉まってて、カギとかかかってたら、砕くのがらくかなーって」
「えっ。いや。それは、確かにそうだが」
「……普通には、開けられないだろうかね」
歴史あるものをむやみに破壊したくない性格の雇い主の意向で、試行錯誤のすえ、扉は壊されることなく開きました。ズズズ、と重い音が、床に積もった砂塵に開閉の痕跡をひきずります。
「おお…」
そしてひらかれた光景に、崇継も灯真も息を呑みました。
大聖堂は、数階層ぶんの高さをぶち抜きにした、天井の高い空間でした。
壮大な造りに、重厚で緻密な、手の込んだ装飾。
けれどその荘厳さもさることながら、なによりもその明るさ。それに、かれらは驚かされたのです。
真昼のあかるさ、とまではいきませんが、地上の夕暮れ時、斜陽のひかり程度の光量はあるでしょう。長い時間、真っ暗闇の地下の道を抜けてきただけに、その程度の明かりでも眩しいほどです。
「なにここ。ここって地上エリアの扱いなの?」
「いや、ここも地下のはずだ。だが、うん…明るいな…?」
目を丸くする瀬綺に、困惑した表情で灯真が答えます。
扉越しの索敵では、かれは聖堂のなかに影の存在を感知できませんでしたが、なるほど、これだけのあかるさがあれば、影どもも存在できないでしょう。しかし、こう明るいにもかかわらず、照明のたぐいは、どうも見あたりません。
崇継はというと、周囲を見上げてなにやらフムフムと頷いています。
「これは…魔石技術だな。おそらく、昼という現象を石にして封じてあるんだよ」
「魔石?」
「ひるというげんしょう?」
当惑する護衛二人に、あれだ、と人形師は、高い天井をゆびさしました。
「あれらのモザイク画につかわれている石が、おそらくすべて魔石なんだろう。壁石もそうかもしれないな。南の古い一族に伝わっていた技術だと聞くが……しかし、光量は減っているとはいえ、こんなにも長いあいだ、光を保っているとは…」
崇継は、感嘆を通りこしていっそ呆れたようにもう一度、広間を見渡します。
それから、なにかに気づいたように、一本の柱のほうへふらりと歩いてゆきました。
「東堂さん?」
「…いや確かに、人形師にとっては宝の山のような場所だな、ここは」
灯真には何の変哲もないようにみえる柱のそばで、崇継は柱の溝をなぞり、指先でくるくると、なにかを巻き取るようなしぐさをしています。柱を飾っている浮き彫りの意匠に感心している訳でもないようです。
それから、懐から底の平たい試験管のようなものをとりだして。
まるで指先に砂金でもつまんでいるかのように、硝子の容器にそれをおさめるしぐさ。
「やはり、質がいいな…素晴らしい」
目の高さに試験管をかかげて独りごち、丁寧に栓をして。
空っぽのままのそれを懐におさめ、また新しい小瓶を取りだして、今度は壁際の、肩の高さほどの何もない空間を指先でつつき、
「……たかつぐサン?」
「純化された思念がね。残っているんだよ、そこかしこに」
疑問符を浮かべた瀬綺に、人形師はそう言います。
私の目には、色とりどりの砕けた宝石がキラキラと、そこらじゅうに散りばめられているように見える、と。
「キラキラ…」
その言葉に灯真と瀬綺はあらためて聖堂を見渡しましたが、人形遣いと人形には、その空間がただただ荘厳な建築であることしか分かりませんでした。
職人気質の人形師は、夢中になると時間を忘れて作業に没頭してしまうようです。
ふらふらとあちらこちら歩いては、目についた思念を採取する崇継のあとに、護衛の二人が付き従って移動する。角度によって見つけられようも違うようで、東の隅まで歩いたと思ったら、西の隅まで、そしてまた東の壁に、次には南に。
そんなことを、どれくらい繰り返していたでしょうか。
ふと、瀬綺はピンと立ち止まって、ひとつの出入り口に目を向けました。
「? どうした」
灯真が瀬綺を振りかえります。
「あれ」
瀬綺の指さした先を灯真も見やり、ふたりの動作に気づいて崇継もそちらに目を向けました。
暗くぽかりと口をあける、アーチ形の出入り口。
足もとの隅っこに、白いちいさな、何かがいるようです。
「あれは…」
警戒の態勢をとりながら、灯真が眼を細めて凝視しました。
「……かわうそ? コツメカワウソ、か?」
「なんでそんなコツメとかピンポイントで絞るの?」
ぼそ、と大まじめに呟いた灯真に、呆れたふうに瀬綺が返します。
「カワウソでいいじゃん、いやまずカワウソのカオしてないと思うけどアレ。イタチじゃないの、白イタチ」
「白いカワウソだって、いるかもしれんだろう。白カワウソ」
「や、カワウソのカオしてないじゃんってぇ言ってるでしょ。カワウソまるーいじゃない? それになんでこんなとこにカワウソいんのよ、川ないデショ?」
ちいさい白なにかは、夕暮れじみた明かりに白金の眼をひからせて、じっと彼らを窺っています。瀬綺は軽口をたたきながらも後退して、いちど灯真と並びました。
あれが危険なものかどうか、ちょっとまだ分かりませんが、戦闘になれば崇継を守らなくてはなりません。かりに古い獣の一種であれば、その躯の大きさと危険度は無関係なのです。
「たしかに川はないが…」
「でしょー? イタチだよイタチ」
「いや、イタチだってこんな魔境の奥にいるはずがないだろう」
「白テンではないのかな、あれは」
しっぽが太い、と崇継がぽつんといいました。
不毛にあらそっていた瀬綺と灯真は、最年長のことばに一度口をつぐみます。
「というか、あれは…たぶん、人形ではないかな」
「ンッ!?」
瀬綺が目を丸くして崇継に振り返りました。白テン人形だといわれた生き物のほうは、瀬綺の動きにビクッとする様子をみせます。おい、刺激するなと灯真が顔をしかめますが、瀬綺はお構いなしです。
「えっうそ、動物が? 古い獣とかじゃなくて? アタシあんなん見たことないよ」
「皆無ではないのだが、珍しいことは確かだね。人形…というか、厳密にいえば人形とは少々異なる、ちょっと特殊な技術なんだが…。しかし、あんな器用な真似をするというと……」
崇継の言葉は後半につれて独り言のようになり、口元に手を当ててしばらく考え込みます。
それから、
「…東堂さん?」
「あ。ああ、すまない」
なにげないようすでその生き物のほうに向けて歩き出そうとした崇継に、灯真がちらりと横目を向けて呼びとめました。人形師はその声で、いちおう足を止めます。
ちいさい生き物はというと、崇継のその動作に身を翻しかけ、広間の明かりが届くかどうかという際のところで、ふたたび彼らの様子を窺っている様子。
東堂崇継は、考えるように顎もとに手をやると、護衛の二人に目を向けました。
「あー……かれを捕まえてみたいんだが、よいだろうか」
「……。貴方がそうしたければ」
そうすればいい。瀬綺と一瞬目を合わせてから、灯真はすこし肩をすくめ、答えます。
自分たちは今日は護衛で、護衛は何が起こるにしても、守る相手をただ守ればいいのです。
崇継は頷いて、ふたたび白い生き物のほうへと歩き始めました。