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幻 想 童 話  作者: 保地葉
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アリス、5(公爵夫妻)

あと、落ち着いた感じの青年と、エルシーより幼い少女がいます。親子かしら?


「遅いわ。このあたしを待たせるなんて」


女の子が言いました。


「お待たせしたのは悪いけど、こちらにも理由があるのよ。帽子屋さんに言われたとおり時計屋さんに行ったのだけど、三月ウサギさんは留守だったのだもの、」


「三月ウサギはあなたより先にここにいたわよ。それにこん気狂い帽子屋の言うことを真に受けるなんて!」


ねえ、と少女は隣の青年に同意を求めました。


「そうだね、マイ・ディア」


青年は微笑み、頷きました。


「しかもあなた、その格好はなんでしょ! よっぽどミルクティーがお好きなのね。頭の先から足の先までミルクティー色だなんて!」


言われてエルシーは自分をじっくり見ました。エプロンドレスはもとより、靴下もリボンもカチューシャも、髪の毛すらミルクティーに染まっています。

無事なのは黒いエナメル靴と碧の瞳くらい。


「…こ、これにも色々事情があるのよ」


「ミルクティーに事情がおあり? ねえ、」


「そうだね、マイ・ディア」


「ミルクティーに染まろとあなたたちには関係ないわ! 何故知りもしない人にけなされなきゃいけないの?」


「知りもしないですって? あたしたちを知らないそうよ、閣下、これは許されざることだわ」


「そうだね、マイ・ディア」


エルシーはかちん、と来ました。(表現が古いかしら?まあいいわ)だってこんな小さな女の子に責められるなんて!


「いいですか、レディ?」


レディと呼びかけたのもエルシーにしては上出来です。エルシーとしてはガールと呼びたいところですから。勿論、ベイビーと呼んでしまいたい気持ちも大きかったんですけど、そこはエルシーも思い止まります。

ですが。


「レディ?レディですって?お聞き及びでしょうか閣下!このわたくしのことをレディと呼びましたわっ」


「マイ・ディア、確かに聞いたよ。失敬な、」


少女はエルシーがびっくりするくらいの剣幕で怒り出しました。


「ど、どうしたのよ?」


「どうしたもこうしたもあるものか、君、エルシー!君はこの方をレディと呼びなすった!」


「そうさね、マダムをレディと呼びなさるのは確かに失敬だと思うよ」


「マダム??」


帽子屋とヤマネに言われて、エルシーは思い当たりました。


「まさか、公爵夫人ですの!?」


「わたくしが公爵夫人でなくて、誰が公爵夫人だとおっしゃいますの?」


「そうだね、マイ・ディア。君以外に僕の伴侶には成り得ない」


(随分と年の離れた夫婦だわ。幼妻にも程がある…)


「…無礼をお許し下さいます?夫人。失礼なことに、その、公爵閣下と存じ上げず…公爵夫人とは知らなかったものですから、」


エルシーはできるだけ、低姿勢を心がけて少女、いえ、公爵夫人を伺いました。


「まあ!やはりわたくしをご存知ないとは!この国でわたくしを知らなかったと堂々と仰るなんて!

これは陛下の前にお連れすべきだわ!ねえ、閣下?」

「そうだね、マイ・ディア」


ですけど、まあ、こんなことを早口で畳みかける公爵夫人に腕を引かれて、エルシーは走らざるを得なくなりました。公爵夫人の速いこと速いこと!


「紅茶も頂いてないわ!せっかくの憧れの気狂いお茶会だったのに!」


エルシーは腕を引かれるまま、半分宙に浮かびながら公爵夫人のあとについていきます。

あら、三月ウサギったらまだ一言も話してないわ!今を逃すと出番がないけど、いいの?


…………。


あら、寝ている。

しょうがないわね、たくさんの登場人物がいるのだから、三月ウサギくらい飛ばしましょう。帽子屋はにたにたしながら時計入り紅茶を飲んでいるし、ヤマネは紅茶入り砂糖(としか言えないくらい砂糖たっぷりの紅茶だわ)を食べているし、私たちもエルシーを追わなくちゃ。

って、公爵閣下、夫人と一緒じゃありませんの?


…………。


反応がない。夫人以外とは話さない気かしら。それとも私が若くないから…いいえ、あの夫人と比べたら皆年上だわ。

とりあえず、エルシーを追いましょう。随分遠くへ行ってしまったけれど、追いつけるかしら?

追いつけなければこの物語が終わってしまうわ!



エルシー、エルシー?公爵夫人?

ああ、駄目、見失ってしまったわ。ねえ誰かいませんか。どなたかエルシーと公爵夫人を見かけてません?

何処に行ったのかしら。うーん、同じような森で判断がつかない。夫人は陛下の元へ、と仰ってたけど、陛下ってどちらにいらっしゃるのかしら。

せめてチェシャ猫がいてくれたなら!こういうときにチェシャ猫が出てきて案内してくれるのが定石でしょうに。

…しっ。……。ねえ、聞こえました?ええ、声がしたわ。こっち…ほら、泣き声のような…こっち、こっちの方向よ。この奥、そう、あの木の後ろ…


まあ、チェシャ猫だわ!

言ってみるものね!


でもあなた、本当にチェシャ猫なの?チェシャ猫って耳まで裂けたくらい大きな口でにたにた笑ってる、生首だったわよね。女王陛下の不興を買って首をはねられた。ええ、首から下があるのはいいのよ。大変良いことだと思います。生首よりはね。生首は心臓によくないわ。

でも、このチェシャ猫ったら笑っていないんです。ずぅーっと泣きっぱなし。


泣きっぱなしのチェシャ猫なんて!


どうすればいいのかしら。ここはほおっておいて他の猫を探すべきかしら?


他の猫?あら、不思議の国に他の猫なんていたかしら…

鏡の国ならいたはずだけど。

やっぱり、このチェシャ猫しかいないのね。…まだ泣いてる。なにがそんなに悲しいというの!


…………………


…無視?無視するのね?わかったわ、わかりましたとも!あなたなんかに頼りません。女王陛下は自力で探すわ。

でも一体どちらに行ったらいいの?

同じような木々の中、いるのはチェシャ猫だけです。辺りもすっかり暗くなっています。

どうすればいいのか分からずにへたり込んでしまいました。

チェシャ猫はまだまだ泣き続けています。泣きたいのはこっちのほうだわ!



どれくらい経ったのでしょう。ふと森を甲高い叫び声のような喇叭が鳴り響きました。

チェシャ猫でさえびっくりして泣き止んでいます。あれはなに?

静かな森に足音がひとつ、ふたつ、と聞こえました。誰かいたわ、よかった!

…と思う間もなく、こんな声が耳に入ったんです。


「喇叭だ!」

「処刑の喇叭だ!」


「首が跳ぶぞ!」


首、という言葉を聞いたとたんチェシャ猫が泣き出したものですから、その後の会話が聞き取れません。けれど、嫌な予感がしました。

とりあえず、足音が向かうほうへ急ぎましょう!



向かった先は広場でした。生け垣がぐるりと真四角に囲み、各角に四つの切れ目があります。広場の中央にカウチがあり、カウチの真ん中に座っているのは……


まあ、アリス!


…ではなく、今は何だったかしら…ベス、リズ、エルシー…随分長いこと見失っていたから分からなくなってしまったわ。

もう!

ええ、そうです。主人公の名前なんて何でもいいんです!


だからあれはアリス!


アリスが不機嫌な様子で座っていました。正確には座らされていました。アリスの後ろには公爵夫人が立っていて、公爵夫人の後ろには公爵閣下が立っています。いつの間に。

公爵閣下は公爵夫人を抱きかかえ、その上からアリスの両肩を押さえつけているのです。

カウチの両脇にはフラミンゴを連れた兵士がアリスを睨んでいます。


一体どういう状況なの?


すると喇叭が高らかに鳴りました。広場に集まった人々、動物のほうが多いですけど、がざわめきます。

女王陛下のお出ましですって!

ようやくアリスらしくなってきたわ。物語は佳境に入ります。

多分、ね。


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