アリス、3(芋虫とトカゲ)
はっとベスが気が付くと、目の前に空が広がっていました。
「…っあんっの、×××トカゲ!」
ベスは髪に絡まった枝葉をとりながら、とても教えてあげられない悪態をつきました。ベスったら!
「に、しても、随分と高いところに飛ばされたわ」
ベスがいたのはとても広い鳥の巣でした。ずいぶんと大きな鳥がいるものね、とお思いでしょう?
いいえ、お茶をすすめている間にこんなことがあったんです。
アリスは走っても走ってもなかなか次の場所にたどり着かないので、そういえば自分が小さくなったことを思い出しました。
扉をくぐったのだし大きくなるべきだわ、そう思ったアリスは森の中で芋虫を探すことにしたのです。
「芋虫がきのこの場所を教えてくれるのよ。大きくなれるきのこをね」
物語を覚えていたアリスは、芋虫のいそうな場所、つまり煙がのぼっているところを目指します。まあ実は物語を覚えていたというより、煙を見て芋虫の水たばこを思い出したのです。
アリスはすぐに煙の元に着きました。
ですが、なんてこと。アリスが着くのが一歩遅かったのでしょう、芋虫はすでにさなぎになっていました。
「ああ、芋虫さん、いえ、さなぎさん!あなたに訊きたいことがあるのよっ」
アリスが呼びかけると、さなぎは眠たげに答えました。
「Who are you?」
「I'm …」
そこまで言ってアリスは口ごもりました。
自分はアリスかしら?小さくなったアリスはアリスだったかしら?今の自分に相応しい名前にしなきゃ。
「…My name is Beth.ベスよ」
「ベスとやらは何の用だい?」
ふわああ、と欠伸が聞こえました。ベスはさなぎが寝てしまわないうちに急いで尋ねます。
「大きくなるきのこはどこ?」
「…右に五個、左に三個」
さなぎの近くにきのこが群生してました。ベスはきのこの群れを見つけて、
「左から五個目、右から三個目ね。ありがとうっ」
ぱたぱた走ると、自分と同じくらいの大きさのきのこを数え、
「これね!」
手を伸ばして千切ると躊躇もせずぱくんっ、と食べました。
するとどうでしょう。
アリス、いえ(間違えてしまうわ、全く!)、ベスの体はみるみるうちに小さくなってしまったのです。
「ああ、何てこと!」
ベスは叫んだけれども、小さすぎて聞こえはしません。だって今のベスったら蟻ほどの大きさなんですもの!ベスはどこまで小さくなってしまうかと心配しましたけど、なんとか山蟻ほどの大きさでとまりました。
「…きのこを間違えて食べてしまったんだわ」
ベスは遥か高いところにあるきのことようやく見えるさなぎの姿に呟きました。
「でも、胴がなくなっちゃったり、首が伸びるよりましだわ」
ベスは不思議の国のアリスの、あの挿し絵が嫌いでした。
「でも、どうやって戻ればいいのかしら?」
大きくなるきのこは反対側です。
たどり着けたとしても傘に手が届かないわ。
「だれか、そうだれかが通りがかればいいのに」
すると些かご都合主義だけれど、くしゃみが聞こえてきました。枯れ草を踏む足音もします。
「だれかしら…アリクイじゃないといいわ」
ベスの前に現れたのはトカゲでした。顔中すすだらけで、時折大きなくしゃみをしています。
「煙突掃除人のトカゲだわ!」
ベスは自分がここにいることを気づかせようと大きく両手を振りましたが、トカゲは全く気づきません。
「おーい、おーいったら!」
必死のベスはトカゲが目の前を通りすぎるのに、慌てて飛びつきました。なんとかトカゲの足に飛びついたベスは振り落とされないようにしがみつきます。
「ねぇ、気づいてくれてもいいんじゃないかしらトカゲさん!」
ベスは叫びましたが、声が小さいのとトカゲがぶつぶつ何か言っているのとで聞こえていないみたい。
「…全く、あの白ウサギめ、毎度毎度煙突を詰まらせるんだから…そもそも冬毛になれば暖炉なんかいらないじゃないか…」
ぶつぶつこんなことを言ってたんですけど、トカゲの言葉なんか全く聞いていないベスは(話を聞かないのはベスもベスね)トカゲの体をよじ登るのに必死でした。
「耳元で叫べば聞こえるわ」
そう思って体のざらざらしたうろこに手足を引っ掛けて登ります。でもベス、トカゲの耳ってどこにあるの?
「とりあえず、頭にたどり着けばあるはずよ。たいていこういう場合、頭のてっぺんか鼻筋よ」
やっとのことで頭にたどり着いたベスは、トカゲに向かって叫びました。
「help me!助けて!」
トカゲは鼻のあたりがむずむずしていました。煙突の中で灰が鼻に入ったのでしょうか?それでさっきから大きなくしゃみがでるのです。
「それもこれもあの白ウサギの…」
って、ところでくしゃみが一つ。
鼻先にいたベスまで吹き飛ばしてしまったんです。吹き飛ばされたベスはくるくる回りながら、さらに風に煽られて上昇気流にのります。
「もうだめ!」
ベスは気を失いました。
それで目が覚めたら、鳥の巣の中だったんです。
と、いうことで。ベスは高い木の上の鳥の巣の中、背丈は蟻ほど。さてどうしましょう?
「…このままいても鳥に餌として食べられてしまうわ。蛇と間違われるよりいいけど…うん、食べられるのはイヤだわ食べるなら考えるけど、」
ベスはうんうん唸って、(時折トカゲに対する罵倒が入ったんですけどここでは言えません!)覚悟を決めました。
「えい!」
まあ!ベスはスカートを翻し、鳥の巣から飛び降りたんです。
ベスは風に乗り、飛んでいくように落ちていきました。
(なんだかこの国に来てから落ちっぱなしだわ)
ベスがそう思った途端、ばしゃん、と大きな音を立てて落ちました。
(そして濡れっぱなし!)
ぬるい水が体に纏わりつきます。ベスはばたばた手足を動かして、なんとか浮かぼうとしました。
けれども、どっちが水面かしら?どこへむかって泳げばいいの?
水は濁っていてまるでミルクティーの中にいるみたいです。上下左右もわからないベスは息が苦しくて苦しくて、水を飲み込んでしまいました。
ごっくん!
するとどうでしょう。カップのひっくり返る音とソーサーがぶつかる音、いくつかの食器がひっくり返ったり割れる音がして…
ベスはテーブルの上に座っていました。