アリス、2(‘わたしをたべて’)
さてさて、あなたはいつまでお眠りさん?
「ううん…叔母さま、シロアリはゴキブリの仲間なのよ…」
まあアリス! なんて奇妙な寝言なの!
可愛いアリスならストロベリー・キャンディやホットチョコレートを口にするべきだわ。
そう思いません?
「ううん…あら、」
アリスは目が覚めたみたい。
ぱちぱちとまばたきをして背伸びをしたアリスは、周りを見渡してびっくりしました。
「なんてごちゃ混ぜ!」
アリスが驚くのも無理はありません。アリスがいたのは柱時計、古びた箪笥、クローゼット、螺旋階段、姿見、プラットフォームなどなんだか一貫性のないようなものがごちゃごちゃ並んで(実際には乱雑に)いるホールだったんです。
窓の向こうには海が見えます。綺麗な月夜!
「ええと、何をするべきなの?」
まあ、アリス、忘れちゃだめよ。
白ウサギを追いかけるんでしょう?
「そうそう。
わかったわ。正しい出口を選べばいいのね!」
そうよアリス。お話は読んだことがあるでしょう?
「もちろん。確か、小さな扉よ。それも本当に小さな鍵が必要」
アリスが探すまでもなく、アリスの足元に小さな三本足のガラステーブルがありました。小さな小さな錆びた銅の鍵が載っています。
あら、銅の鍵なのね。
「うーん、金の鍵だと思ってたけど」
アリスは鍵を取り上げて物語を思い出そうと腕組みしました。
「あー、もう。忘れちゃってるわ!」
アリスがお手上げ、とでもいうように両手を上げました。
すると、小さな小さな鍵はするっと手のひらを抜けて飛んでったのです。
「まあ!」
ぽちゃん。飛んでった鍵は窓の外。
さあアリス、どうしましょう。
小さな鍵は窓の外、泉のなかに落ちました。
アリスは慌てて窓に駆け寄って、叫びます。
「泉さん、お願い、鍵を吐き出して!」
それは無理じゃないかしら。
けれども泉がふいに波打って、きらきらする女の人が現れました。
「あなたの落とした鍵はこの金の鍵、それともこの銀の鍵、それともこの錆びた銅の鍵?」
まあアリス。これはチャンスね。
「ええと…正しいのは…錆びた銅の鍵よ!」
「正直な人。あなたに金銀銅の鍵すべてをあげましょう」
わあ素敵。
「ありがとう!」
「ではさようなら」
ざぶん、と泉に女の人は消えました。
はねた水でアリスはびしょ濡れです。
「…まあ、鍵が手に入ったのだし、よしとするわ」
心が広いわね。アリスは金の鍵を手に入れました。あとは扉を見つけるだけね。
アリスはすぐに扉を見つけました。小さな扉はカーテンの後ろに隠れてたんです。鍵を差し込んでみるとカチリ、ぴったり。
でもね、
「小さすぎてくぐれやしないわ」
そう、アリスの腕が一本通るのがやっとなんです。
「物語では…drink meとeat me、だったかしら」
呟いて、アリスはふと甘いにおいに気づきました。ふんわりミルクとバターのにおいの先には、
「eat meだわ!」
アリスの視線の先には‘EAT ME’と、あれはココアパウダーかしら、書かれた大きなクッキーを抱えた小さな女の子がいました。
「Who are you?」
ミルクとバターのにおいをさせた、きつね色の肌をした少女は大きなクッキーをぎゅっと抱きしめながら答えました。
「I'm cookie」
「クッキー?クッキーちゃんですって!?」
クッキー少女は大きな目を潤ませながら頷きました。アリス、怯えさせちゃだめよ。
「クッキー…eat meを食べると小さくなって扉をくぐれるに違いないわ。
でも、クッキーとクッキーちゃん、どちらを食べればいいの?」
まあアリス、そんなことで悩むなんて!
「だって大きくなるかもしれないわ」
それはそうねアリス。でも早くしないと白ウサギに追いつけないのよ。
「待って…クッキーには‘EAT ME’って書かれていて、クッキーちゃんは‘EAT ME’を持っている…
ああ、食べるのはどっちのクッキーかしら!」
迷ったアリスはうんうん唸って、よし、と覚悟を決めました。
ぱくん!
するとみるみるうちにアリスは小さくなって、
「やったわ!」
扉をくぐることが出来たのです。
どちらのクッキーを食べたかですって?
それはクッキーのためにも内緒にしておきましょう。ね。
さあアリス、白ウサギを追いかけなきゃ。
「でも、白ウサギを探す前に…くしゅんっ、体を乾かしたい…くしゅんっ」
びしょ濡れアリスは震えながらくしゃみをしました。
「くしゅんっ」
そうね、濡れたままじゃ風邪をひいちゃうわ。でも、どうやって体を乾かしたらいいのかしら。
今はほっといても暑い夏じゃないし、火をおこそうにも薪を集めなきゃ。
「乾燥機能付きランドリーがあったりはしないわよね…」
それは望み薄ね。
とりあえず、アリスは少しでも体を暖めようと走ってみることにしました。
「少しでも白ウサギに追いつくかもしれないわ」
アリスが走っていると、遠くに何やら矢印が見えました。なにかしら。
近づくとそれは案内板のようです。こんなことが書かれていました。
‘なみだ池はあちら’
「なみだ池?池はもういいわ。だって充分に濡れているもの!」
アリスはぷんっと顔を背けて矢印と逆方向に走ります。
「あちらになみだ池があるなら、こちらには何があるのかしら?」
アリスはこちらに向けて走ってしまったので、なみだ池でdryレースをしているドードーやねずみたちには会えなかったのです。残念ね。
さて、アリスが走っていく方向には何があるのかしら?
到着するまでにしばらくかかりそうだから、その間にお茶でもいかが?