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幻 想 童 話  作者: 保地葉
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灰かぶり、4(灰かぶりの失態)


南瓜を手にした灰かぶりは、茂みの奥に動くものを見た。

しろねずみだ、と灰かぶりは思った。 灰かぶりが幼いころ、国に疫病が流行ったことがある。灰かぶりの屋敷は災を免れたが、家族親類を次々に亡くし故郷へ帰っていく使用人たちを覚えている。国中が誰かの喪に服し、町外れからは遺体を焼く煙が途絶えることはなかった。

ねずみは疫病を媒介することがある、その為に国をあげてのねずみ狩りが行われた。ねずみ捕りの罠が飛ぶように売れ、狩りのじょうずな猫や鷹は高値で取引された。孤児たちはどぶさらいをして日銭を稼いだ。


そうして疫病が収まったころ、ねずみを見なくなった。 日頃屋敷の掃除に明け暮れる灰かぶりすら、ねずみを見た記憶がほとんどない。

であるのに、灰かぶりはすぐに気付いた。


しろねずみ。

指を伸ばしてそっとつまみ上げると、なんなく捕まった。まんまるとよく太ったしろねずみだった。目につかないところで生き延びていたのか、それともよそからやって来たのか。

灰かぶりはつままれじたばたと動く固まりを可愛らしく思った。 このままこっそり飼うこともできる、灰かぶりはそう考えたが、すぐに改めた。


今の自分の安易な慰めによって、再び疫病が流行るかもしれない。なにしろねずみはすぐに増える。


灰かぶりはしろねずみの上に伏せた籠を置き、上から重石をした。そして父の遺した記録からねずみのころし方を探そうと、納屋へ向かおうとしたそのとき、灰かぶりを呼び止めたものがある。


 お待ちなさい、灰かぶり。


振り向いた灰かぶりの前に、老いた女が立っていた。 腰の折れ、しわがれた肌と声をもつ女、もしかしたら男かもしれないものは、枯れ枝のような指でしろねずみを閉じ込めた籠を差した。


 あれはおまえの御者だ。閉じ込めてはいけないよ。


灰かぶりは答えた。


 あれはしろねずみよ。


老いたひとは泣くように笑うと、灰かぶりに言った。


 そう、しろねずみだ。そしておまえの御者だ。あれは腕の良いおとこだよ。


灰かぶりはこの老いたひとは呆けているのだと知った。ひとは年をとるとそのようになるものもいる。現王の亡き后も幻覚に悩まされるようになり、処刑されたのだ。


 あれは御者ではないわ。馬車も牽く馬もいない。


 馬車ならばおまえが抱えている。馬ならば裏口にいるよ。


灰かぶりの抱えているのは南瓜であり、裏口にいるのは痩せた驢馬だ。

灰かぶりは老いたひとが可哀想になった。おそらくは目も見えなくなっているのだろう。


 妄想ではないよ。おまえが望むならばすぐに馬車と馬と御者になる。


 そう、でも、わたしは馬車も馬も御者も必要としていないの。乗ってゆく場所がないから。


はやく豆のスープをこしらえて、この可哀想なひとにも分け与えるべきだろうか、と灰かぶりは思った。明日の分のスープはこの小さな南瓜をつかえばいい。舞踏会にいった継母たちが食事をしてくれば、充分な食事になるだろう。


 必要はあるよ。おまえは舞踏会に行きたいだろう。


 舞踏会ですって?


 舞踏会にいくには馬車がいる。馬車には御者と馬がいる。この国でしろねずみを探すには時間がかかったが、ようやくおまえを舞踏会に送り出す準備ができた。


 いえ、舞踏会には行くなといわれているの。


 おまえは舞踏会に行きたいだろう。


 舞踏会には行きたくないわ。


そう答えてから灰かぶりは不敬であると気付いた。仮にも王子の妃選びの舞踏会なのだ。この老いたひとが城とのつながりを持っているとは思わないが、口伝てに衛兵に通報されるかもしれない。


 ええと、わたしはこのようなぼろのドレスしか持ち合わせていないし、舞踏会で踊る靴もないのよ。畏れ多くてお城の門をくぐることはできないわ。


 わたしには美しいドレスに見たこともない靴を履いているように見えるよ。


 まあ。


灰かぶりは改めて自分を見た。纏っているのは使用人が着古した服を継ぎ合わせたものだ。靴は確かに見たことのないものだろう。屋敷を去る使用人もさすがに靴はおいていかず、幼いころに履いていた靴も合わなくなってしまったため、泥除けに玄関に敷いていた敷物を足に合わせて縫ったものだった。


 確かに、見たことのない靴でしょうね。でも、やはり舞踏会には行けないのよ。これでは踊ることができないわ。


 おまえはどのようなドレスならば舞踏会にふさわしいというのだい。


 そうねえ。


灰かぶりは想像した。継姉たちが夢想したが金が足りず用意できなかった舞踏服。


 こんなに首を詰めず、襟をなくして大きく開くの。鎖骨が見えるくらいまで、肩を大胆に見せてもいいかしら。腰はきゅうくつなくらい絞って、踊るときの足さばきのじゃまにならないよう、そこからふんわりと大きくふくらんでいるのよ。布地はなめらかで光沢のあるものを。殿方はたくさんの勲章を飾るから、レースやビーズはひっかけてしまうでしょう、だから飾りはなるべく控えて、でも地味にならない色の布地を使うわ。その代わりに首もとには真珠がいいわね。華やかに髪を結い上げて、耳飾りは首飾りとお揃いにするわ。肘まで長い手袋をして、



いつの間にか灰かぶりは夢見るように指先に視線をやり、はっと気付いた。灰かぶりは薔薇色のドレスを着ていた。首には真珠が輝き、真っ白な手袋が二の腕のまんなかまで覆っている。

これは一体どういうことだろう?


 それでは、おまえはどんな靴を履いて踊る気だい。


老いたひとに問われ、灰かぶりは迷わず答えた。


 もちろん、ガラスの靴よ。


灰かぶりは爪先を覗き込み、泥除けの敷物が透き通り輝きだし、ガラスへと変わるのを見た。 小石につまづいただけでも割れてしまいそうな華奢な靴は、灰かぶりが夢見る少女だったころに願ったものだった。


灰かぶりは左手に持ったままの南瓜を見た。どうして自分はこのような貧相な南瓜をしっかりと抱いているのだろう。この美しいドレスには小さな南瓜は似合わない。

この南瓜は老いたひとが言う通り、馬車になるべきなのではないか。


 ほうら、やはりそれは馬車だろう。


老いたひとが灰かぶりの手から南瓜を奪い、地に置いた。すると南瓜は豪奢な馬車になった。老いたひとは見事な芦毛の馬を連れていた。灰かぶりが裏口に目を向けると、いつもうつろな目で立っている痩せた驢馬が姿を消していた。


 しろねずみ。


灰かぶりは重しを乗せたままのしろねずみから籠を外した。すると騎士でも十分勤まるからだつきの男が現れ、御者台に座った。


 なにをしている。舞踏会へ行かなければならないだろう。早くお乗り。


老いたひとに導かれるまま灰かぶりは馬車に乗り込む。行きなさい、と老いたひとが御者に指示し、灰かぶりをのせた南瓜の馬車は出発した。


あのひとは一体何者なのだろう。灰かぶりは窓から身を乗り出して振り返ったが、すでに暗く、老いたひとの姿は見えなかった。

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