ボクとフィリアさんのコイ
思いついたものをまとめてみました。
勢いまかせで書き上げたため、表現が拙いかもしれません。
ご指導のほどよろしくお願いします。
「わたしの恋は奪われてしまいました」彼女は言った。
「今から来年のことが心配なんけ?」
「大丈夫大丈夫。黒田がおらんなったときもマエケンが出てきて、チームを支えとったやないか」
居酒屋での一幕。
酔っているからおかしいのか、もともとおかしい奴らが集まっているだけなのか。僕にはわからない。
ブロンド碧眼のOL、部品メーカーの工員、花屋の店員、そして大学生。
年齢どころか人種まで違う人間がこうして肩を並べているが、立派な同志なのだ。
ともに試合に臨み、負けた。広島カープは今日も負けた。
中ジョッキに残っていた半分ほど飲み干し、おカミさんに三杯目の要求。
『ヤバイ…今日はペースが早すぎる』
僕と彼女の財布の中を合わせた上でお会計を計算している。彼女はここにやってきてまだ日が浅く経済的にあまり余裕がない。
新天地ではストレスがかかることも多い。浪費も当然のことかもしれない。
しかし彼女の場合、この世界ーーー高度社会文明がはじめてであったことが大きい。
彼女は異世界からやってきた。(本人談)
竜と人間が共生するロクト・ヴァイナ。その大陸の東側を治めるアンテブリナ王国。
国境近くの山脈の防衛隊の隊長であった彼女、フィリア・アンヴァストラ。
敵の侵攻作戦が開始され、彼女が守る山の麓の基地が襲撃を受けたのだ。
彼女は翼竜を駆り、自陣に戻ろうとしていた敵国の軍勢に奇襲をかけた。
敵に気づかれてしまい、迎撃される。
カタパルト(投石機)から発射された爆弾、めったに当たることがないというその玉をかすめ、落馬ならぬ落龍したのだという。
記憶はそこで途切れているそうだ。
対する僕は広島市の大学に通う平凡な大学生でしかない。
二人が合わさったところで、経済的に強くなるかというとそうでない。
7杯目で切り上げることにした。
「おカミさん、いつもすいません」
「いいんだよ、遠い国からはるばる広島まで来たんだろ。それに仕事もがんばってるって社長さんが言ってたよ」
「ははは…本当助けてもらってばかりで」
そういって店を出る。フィリアさんに意識はない。
今日も担いで家に帰ることになりそうだ。
「竜平さん、見て見て新井さんがホームラン打ちましたよぉ〜…」
むにゃむにゃ…寝言だ。
川上竜平。どこかの球団にそんな名字のエースがいた。そして名前に球団を表す文字がある。
お前は中日ファンだろうとよく言われるが、れっきとしたカープファンだ。
名古屋県豊橋に生まれ、サッカーは鹿島、野球は広島と赤いチームに惹かれ、地元のスポーツ振興に仇を為してきた。
この竜平という名前も多方からツッコミをもらうが、チームの外野手『松山竜平』と同じものだ、ということで自分自身納得した。
『今年こそは優勝しないとな…』
そうは言ったものの新生○方政権ならぬ真性お馬鹿政権に期待するのはちゃんちゃらおかしい。
このままじゃ体が確実に持たない。主に下半身の方が…
ワンルームの部屋に二人で暮らしている。一人はベッドで一人は布団。
大学・バイト・野球観戦、そこから居酒屋になだれ込む。拘束時間が多くなり自然と万年床となった。
本当にエロい体してるよな。しかし僕は童貞だ。
古き良き時代の貞操観念が支配し、恋人がいるうえ、彼女は僕より強いときている。
当然の結果と言えるだろう。おやすみなさいと据え膳に告げた。
◆
彼女がこの世界にやってきた日、僕は友人宅のマンションでゲームをしていた。
その友人である藍川俊介。今日家族がいないからゲーム内の建設を手伝って欲しいと頼まれた。
一通り作業を終え憔悴すると、夜風が異常に気持ちよかった。
それは俊介も同様で二人自然に屋上に誘われた。
試合が終わっても煌々と照明を照りつけるスカイアクティブスタジアム。
2014年のシーズンが後半に差し掛かり首位から離されてきている。
すると真上から光が降り注いだ。球場のライトがこちらを向いたわけではない。
手をかざし光源に目を向けると…
「親方、空から女の子が!」といえばちょっと幻想的だが、数え年で23になる女性が降ってきたとなれば雰囲気を楽しむ余裕すらない。骨折!骨折ゥ!
僕たちは気を失っており、彼女を部屋に運び込んだ。
僕たちの第一印象は『コスプレにしてはできが良すぎる』だった。
全身を包んだ鎧は間違いなく金属製であるし、彼女のまとう衣の一切が化学繊維主体のものとは違う。自然色の染料、ジッパーの類はない。歴史書物で見たままの服飾だった。
彼女はすぐに目ざめた。
彼女をベットに寝かせたそばで、目覚めた後どうするか相談している最中に声をかけられ二人して仰天する。
「助けていただいてありがとうございます。私はフィリア・アンヴァストラ、ネスカラドプトの第二龍騎防衛団の隊長務めております」
「いえ、こちらこそ」
「ここはオグラウイからどれほどのところですか?」
「「は?」」
「ですからネスカラドプト山脈のオグラウイからは何里ほどの距離にあるのですか?」
「「…」」僕たちは顔を見合わせる。
彼女が呆れたような表情をし、首を横に振る。
「王都コートリーズまでは?」
「「…」」同じ回答。
「アンテブリナ王国の王都コートリーズと連絡を取りたいのです」
「「…」」また同じ回答。
「そのコートリーズには私の恋人エリオスがおります。彼は龍騎士団の副団長で詠明水晶が使えます。この町の詠明水晶を使える人物を教えていただけませんか?」
「カープにそんな外人選手いたっけ?」俊介はフィリアさんに訊いた。
今の流れでなぜ広島カープが出てくるんだ。僕は目を丸め俊介の方を見るが、俊介はそれをおかしいと思っていないようだった。
「いえ、私にはエリオスとコイビトがいて、防衛隊長である彼に連絡を取りたいのです」
「だから、カープにエのつく外人はエルドレッドしかいないでしょ?」
「…何言ってるんだ、お前?」
俊介との間に認識のズレが生じる。のちのち分かったことなのだが…
『彼女は恋を奪われた』のではない。『恋という単語を使う権利を奪われた』のだ。
恋という言葉を無理やり鯉(※広島カープ)につなげられ、エリオスという男のことを語れないようにされていた。
そんなトンチンカンな呪い、いきなり気づけるはずもなく、僕が聴き手に徹するというカタチになった。
そして先述の異世界設定を叩きつけられるわけだが、そんなもの飲み込めるわけがない。
今日はもう遅い。二人だけで相談し、部屋に空きがあるここに泊まってもらうことにした。
そうして僕が俊介のマンションを去ろうとした時だった。
「待ってください!あなたは何か知っているのではないですか?」
「今日のところはこいつの家に泊まってください。ウチはワンルームなんです、コイツの家族は九州に行っていて帰りませんから安心です」
俊介に寝込みを襲われる心配はしなかった。絶対に彼女の方が強いから。
「そうじゃありません。ここは私がいた世界ではないのではないですか?」
「…」返答に窮する。
「われわれの国ではこれほど高さの建物は王の城か、国境付近の塔以外考えられないのです。それにあなたたちは魔法も使わず部屋を明るくした。周りを見てください。これと同じくらいの建物があれだけ立っているのです」
これは広島市のことを馬鹿にしていますね…と思いながら彼女を引き離す。
「あなたにだけはちゃんと言葉は通じているような気がするのです」
「そうかもしれませんが…本当に寝る場所がないんで」そう踵を返そうした。
すると、おっぱい。でけえ…Eカップか?Fカップか?
しかもこれノーブラじゃ…
やはりノーブラであり、後日彼女と下着を買いにいく羽目になった。彼女Gである。
その圧倒的な温もりに負け、僕は自分のアパートに連れて行くことにした。
そして部屋に着いた瞬間、強烈な一撃をお見舞いされる。
「あなたは俊介さんの使用人だったのですか?」
部屋はきれいにしているから大丈夫、そう思っていたらななめ上からグサリと何かが刺さった。
旧時代の身分制度というやつを一瞬で理解した。
彼女は民主主義自体理解できなかった。
申し訳ないことした、と言っていたがこの小さい部屋に不満も多い。仕草ひとつひとつが穢らわしいものを触れるようで、癪に障った。
やっぱり連れてくるんじゃなかった。単に説明不足だっただけか。とかく後悔は先には立たないものだ。
ベットを彼女に譲り、クッションを枕にして寝た。
しかしフィリアさんと俊介の間に何があるのか…ずっと悩んでいた。
翌日。寝不足の頭のまま原因究明にのりだした。
昨日と同じようにエリオスさんのことをしゃべってもらうと、何か不思議な感じがした。
俊介の瞳を覗くと赤い光がチラつくのだ。
デジカメを使い、エリオスという恋人の話を聞いている俊介を撮影。
その両眼を拡大してみると、何か円陣のようなものが映っていた。
フィリアさんはこれを魔法陣と断言した。水龍の血液を使った呪いに近いものだと。
「やっぱりカープなんだ」
睡眠時間を削ったのはやはり無駄だった。やっぱりカープしかなかった。
「カープというチームは一体龍と何の関係があるのですか?」
「カープは鯉という魚です。その鯉には龍になるという伝説があるんです」
「隣の大国に黄河という大きな川があります。そこの滝を遡上することで龍に生まれ変わるんです」
「それです。私に課せられた使命はきっとそれです!」
両手を掴まれ、賛同を求められるが、僕はその純粋な瞳を直視することができなかった。
その妄信を支えに僕らは野球観戦を続けている。
フィリアさんの就職先も、はじめて観戦に行った際、隣にかけていた花屋の藤原さん、部品メーカーの青山さん、家具店の川崎社長と意気投合し、先の居酒屋になだれ込んだ。
酔い潰れたフィリアさんが、身分証明を持っていないため就職できないことを嘆くと、川崎社長が『ウチで働けばいい』と声をかけてくれた。彼女はこれを龍の思し召しと感謝した。
◆
「でもさ、フィリアさんってなんで名古屋じゃなくて広島に飛ばされてきたんだろうな」俊介が疑問を投げかける。
「さあな…向こうの世界の人間が何考えてるかなんて分かんないよ」
「でも…」僕が先にしゃべりだし、俊介の口を封じる。
「僕も同じ話をしたことがあるんだよ」
「ん?」
僕は数ヶ月前のことを語りだした。
フィリアさんが部屋にいついて、〇〇禁が二ヶ月に達し、正気を保っているのが無理になってきたころ…
いい加減部屋から出ていってもらえないか、と思うようになってきた。
「ドラゴンズっていう龍の球団があるんです。今日はそれとカープの試合です」
その日、僕が取ったのがビジター席である告げず、スカスタに連れて行った。
「今は暗黒時代かもしれませんが、こっちを応援した方が早いかもしれません」
すると…
「暗黒…暗黒竜……嫌だ、殺される」フィリアさんのトラウマをほじくり返してしまったようで、過呼吸になって倒れ、医務室に運ばれるという醜態をさらした。
目覚めた後もずっと彼女は暗黒竜に怯えていた。
ウェルミッソスの暗黒竜騎団。むかしフィリアさんの暮らしてい村を襲い、王国反乱の拠点にしたのだという。彼らは村人を奴隷のように扱い、それに逆らった両親は拷問され死んだのだという。
そのとんでもない設定に言葉をなくし、僕は自分の解放を諦めた。
そしてフィリアさんを慰めるべく僕はある男の名前を出した。
「久本…?」
「そうです。黄金期のドラゴンズを支え、広島に移籍してカープのAクラス昇格を支えてくれた人です」
「まさか半龍…そんな方がいらっしゃるのですか?」
「最近は試合に出ていませんが、コーチとして後継者を育てています」
◆
その後継者がカープを優勝に導くことを信じて、僕たちはスカスタに通いつめることになる。
7回戸田の登板。立ち上がりに苦労し、四球でランナーを出すと、ライト前にヒットを打たれた。
2アウトランナー2・3塁で福留。
戸田は打たれる。
「ウソよ…」
僕たちはその逆転劇に放心した。
福留もかつては竜だった男だ。僕はドラゴンズにカープキラーなる選手がいたことを覚えている。
しかしフィリアさんはそうではない。
「鯉はトラごときに負けていけない。あんな下等生物に負けるなんてありえない。だって龍の幼体なんですよ!」
「そうですね…」その肝心の竜はコイより弱いのだが。
「私が間違っていたのです。やはり半竜本人にお願いするしかない」
「そうですか…」
「また山口に参りましょう」「…またですか?」
僕が車持ちでないと誰が言っただろうか。地方大学生にはやはり車は必要だ。
父がハリアーの下取りに出す予定だったRAV4を、無償で譲り受け乗っている。
二度目の越境。前回とはちがい真剣な顔していた。
◆
その前回は…といえば
「王子ー!王子ー!」
チームの期待の若手にエール送る。彼女がはじめて興味を示した選手でもある。
鯉のプリンス。1軍初年度、違反球にして本塁打二桁と大きく期待させるもので、チームの飛躍を予感させるものだった。
『コイキング』というモンスターがいて、これが進化すると『ギャラドス』というゲーム内屈指の強モンスターになる。これと同じように球界を代表するスラッガーに、コイを背負っていく選手になるものだと思っていた。
しかし、現実はそう甘くない。
『コイキング』→『ギャラドス』になるのは当然だが、鯉のプリンスが『ギャラドス』になることはない。
鯉のプリンスは大きくなっても『コイ○ング』でしかない。それに気づいてしまった。
しかしフィリアさんが同じ感想を持つようになるにはまだ時間が足らない。まだあの三振製造機の恐ろしさを味わっていない。
フィリアさんの失意がこれ以上大きくならないよう僕はフィリアさんをプリンスから遠ざける。
「早く久本を見に行きましょう」
「そうでした。今日の用事は久本でした」
「彼ですよ…」僕は指差した。
「え…誰、あのおっさん?」僕は耳を疑う。
おっさん要素の何がダメなんだ…山口まで来ておいて顔のことか?
「おっさんでは何かダメな部分があるんですか?」
「えっと、やはりですね…運命を変える殿方というのは常に外見も要求されるといいますか…外見からもカリスマ性を溢れさせているものなのです。いかなる部分でも人を魅せるゆえに神の寵愛をうけられるといいますか。伝説に語られし半龍の方々はみな眉目秀麗…」
「はあ?」
この人にはじめて殺意を抱いた。
「とりあえず今日は彼の弟子の試合です。それだけでも見て帰るとしましょう」
山口まで運転させられて…これかよ。急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
「竜平さん、竜平さん、あのイケメ…お弟子さんはなんと?」
「戸田です。戸田隆矢」
「隆矢…彼です。絶対に彼です。彼がわたしを向こうの世界に帰してくださる英雄です」
「えぇ…」…まだ試合の投球見てないだろ。
以来、戸田ファンのカープ女子として活動を続けてきた。そして先の登板で限界を迎えたのだ。
◆
『久本本人に登場してもらうほかない…』彼女の決意は固いように見えた。
再び僕たちは由宇を訪れウェスタンの試合を観戦した。
コーチとして帯同する久本。フィリアさんは試合に登板することない彼をじっと見つめていた。
その執念にも近い感情は、試合終了後も久本に浴びせられた。
「久本ー!久本ー!はやく広島に帰ってきてー!」彼女がバスを追いかけて行ったのだ。
僕だけでなく周囲のファン全員が唖然とする。
かつてこれと同じことやったヤツがいた。
中日ドラゴンズファン(♂)だ。
僕は言わないでおこうと誓った。フィリアさんが暗黒に怯えるだろうから…