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リンダの憂鬱 -3-

 癇癪の収まったリンダだったが、機嫌が良くなったら良くなったで絶好調で劇場中を走り回り怒鳴りまくって、相変らず皆に戦々恐々とされたが、気にする風でもなくバリバリと仕事をしていた。スティーブにも変わりなく遠慮なく叱りまくって、困った顔で微笑むスティーブを睨みつけ怒鳴り飛ばしていた。

 実際、仕事も佳境を迎え、数百人分の衣装を徹夜続きでようやく仕上げると、もう二日泊り込みだったリンダも流石に疲れでぐったりして目に隈を作っていた。



「ああ、今日はもういいわ。帰って寝なさい」

 衣装の最終チェックが終わると、やつれた迫力のない顔でそれでも一応睨んでみたリンダはスティーブを振り返った。

「リンダ、送っていくよ」

 細かい片付けを終えたスティーブが、リンダに微笑んだ。

「はぁ? 大丈夫よ。人の心配してないで、明日午後イチから衣装合わせだから遅刻しないでよ」

「リンダ、ダメだよ。今にも寝そうな顔してる。そんなので運転したらダメだ」

 眉を顰めてスティーブを睨み返したリンダだったが、スティーブも譲らなかった。不機嫌そうにスティーブを睨んでいたリンダだったが、それ以上は何も言えなかった。



 一時間後、リンダはソファに腰掛けているスティーブに熱いお茶のカップを差し出していた。

「ほら、眠気覚ましよ。飲んだらさっさと帰りなさい。アンタの家は真逆でまた一時間半は掛かるんだから」

「ああ、うん。ありがとう、リンダ」

 カップのお茶を嬉しそうに飲んでいるスティーブにくるりと背を向けると、リンダはさっさと自室で部屋着に着替え、洗面所でザバザバと顔を洗うと鏡を覗き込んだ。

 ――……酷い顔……

 目の下の真っ黒い隈に、疲れ切って老け込んでハリのない顔を見て、リンダはため息をついた。こんな顔を見せていたのか、と思うと恥ずかしさがこみ上げてきたが、それよりも、こんな自分の何処がいいのか、いつか去られてしまうのではという思いがリンダを襲って、どうしようもない暗い気持ちが湧き上がって、居間に戻ってもスティーブの顔を見る事が出来なかった。



「明日は遅刻しないでよ」

 顔を背けるようにして呟くリンダにスティーブは怪訝そうな顔をしていたが、やがて静かに立ち上がるとリンダの前に立った。その気配にビクッと体を震わせたリンダは、やっぱり顔を上げる事が出来ずに俯いていた。

「リンダ、顔を上げて」

「……ダメよ。すっぴんだし、酷い顔してるし……こんなオバサンの顔を見たって……」

 小さく首を振りながら、焦ったように早口でまくし立てるリンダを遮って、スティーブはリンダの頬に手を寄せて上向かせた。また体を小さく震わせて悲しそうにスティーブを見上げたリンダに、スティーブは微笑むと耳元で囁いた。

「なんで? どんな時でもリンダは綺麗だよ。泣いてる時も、怒ってる時も。今だって、綺麗だよ。あんなに努力した結果じゃないか。恥じる理由なんて何処にもないよ」

 優しく響くスティーブの声がリンダの心の奥深くに届き、リンダが眉を寄せていた瞳には涙が浮かんできた。

「でも、笑ってる顔が一番好きだ。微笑んでる時も、豪快に笑ってる時もね」

 スティーブは、今は解かれて流れるような巻き毛のリンダの金髪を優しく撫でた。

「それで、リンダにお願いがあるんだ」

「え、何?」

「実は……こないだは僕もあんまり覚えてないんだ。酔ってたし。だから、もう一度、君を見せてくれないかな?」

「え?」

「……君が欲しい」

 そのままスティーブはリンダを抱き締めると、戸惑っているリンダの唇を塞いで熱いキスを交わした。


 スティーブは全てが優しかった。その手も、その唇も、リンダを愛おしむように優しく包み込んだ。それなのにリンダは体中が熱を発したように上気して、気づかないうちにポロポロと涙を溢しながらスティーブに抱き付いていた。それまで全てを突っぱねて生きてきた自分が、初めて誰かを受け入れた喜びに、リンダの心は小さく震えていた。




 その夜、リンダは初めて自分の母親の事を他人に話した。黙って聞いていたスティーブは、リンダが悲しそうな顔で話し終えると、リンダの頭を抱き寄せて静かに語り掛けた。

「君のお母さんは、幸せだったんだじゃないかな」

「え?」

「例え数年に一度しか会えない人でも、他の人に心を移す事なくずっと愛し続けて、想い続けていたんだ。生涯を掛けて彼を愛して、その愛が残した物、君を愛し続けていた君のお母さんは、決して不幸では無かったと思うよ」

「でも……」

「幸せって愛される事じゃないと思うんだ。誰かを愛する事なんだと思う」

 リンダはスティーブを見上げた。

「僕は今、とても幸せだよ。リンダ、君を愛してるから。君は……幸せかい?」

 スティーブの目が優しく微笑んでリンダを見つめていた。リンダはその蒼い瞳を静かに見つめ返すと、嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、幸せよ。貴方を愛してるから」

 そう言うとリンダはまたスティーブの首に手を絡めて、唇を重ねあった二人は静かに愛を確かめ合った。

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