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リンダの憂鬱 -1-

本編第二章『闇の中からの帰還』の頃のお話です。劇場の衣装係リンダとその相方スティーブとのお話です。

 朝方、物憂げに目を覚ましたリンダは、重だるい体で寝返りをうつと、自分に腕枕している肩に顔を埋めてその体に抱きついたが、そもそも一人暮らしの自分の家には自分以外に他に誰も居る筈は無く、その事を思い出して目をぱっちりと開いた。

「え?」

 戸惑いながら顔を上げたリンダはその体の持ち主を見届けると、しまったと顔を歪めてベッドにガバッと起き上がった。今現実に目の前で起きている事態が何故起こったのか、気を落ち着かせて必死に思い出そうと、リンダはベッドに座り込んだまま頭を抱えてボサボサの金髪を掻き毟った。




 昨日は朝から気持ちが昂っていた。どうしてもこの祈りを届けたかった。もう何日も眠る事も出来ずに、隈の浮いた顔でリンダはロンドンの路上に立ち尽くしていた。


 ――そうだ、先ずは、神が祈りを聞き届けて下さったんだったわ。


 孤独な眠りから覚めないニナを取り戻すために大勢の人と共に歌を捧げ、「ニナの意識が戻りました!」との叫び声に、何故か隣にいた助手のスティーブに抱き付いてわんわん泣いたんだっけと、そこまで思い出してから、またリンダは考え込んだ。


 ――それから皆と事務所に凱旋して、サラと抱き合って泣いて、そうそう、その勢いで皆でパブに祝杯を挙げに行ったんだったわ。


 パブでは乾杯が繰り返されて盛り上がった。周りの人にニナを取り戻した事を報告したら、全員が歓声を上げて抱き合って、何回も乾杯をしたっけ……と、そこまで思い出したリンダだったが、二軒目は辛うじて覚えていたが、三軒目からの記憶がない。なんだかスティーブに説教をしていたような気もするが、それもよく覚えていない。


 ――だからって……何でこうなってるの?


 此処は自宅だった。それは間違いない。それに、これは自分のベッドだ。それも間違いない。なのに、なんで此処で、思いのほか筋肉質で逞しい肩を覗かせてスティーブが隣で幸せそうに寝てるのか、自分がなんで何も身に纏っていないのか、リンダは混乱した頭を抱えて掻き毟ったが、ふと手を止めて、じっと考えた後固く目を閉じた。


 ――やっちゃったものは仕方ない。無かった事にするしかないわ。



 眉を寄せてリンダが結論を出した時に、傍らのスティーブが目を覚まして、「あ……おはよう、リンダ」と、のんびりとした声でリンダに微笑んだが、リンダは腕を組んでジロリとスティーブを睨み返した。

「……おはよう、スティーブ。……つまり、夕べ、私は貴方と寝たって事かしら?」

「ああ、うん、そう……かな」

「はっきりしないわね。どっちなのよ!」

「ああ。はい。……寝ました」

 困ったように頭を掻くスティーブにリンダはまた頭を抱えたが、キッと顔を上げると、

「もう済んだ事は仕方ないわ。忘れて頂戴、スティーブ」

 と素っ気無く言った。

「え?」

「お互い酔ってたのよ。それだけよ。だからさっさと服を着て帰って頂戴」

 戸惑っているスティーブに背を向けると、自分もさっさと服を着始めて、「ほら! 早く!」と、ジロリと睨んだ。




 リンダは独りになった部屋で、ベッドに寄りかかるように床に座り込んで考えていた。

 自分の母親は、数年に一度しか会えない男を待ち続けて、寂しそうに死んでいった。そういう立場だったから仕方ないのだ、と自分に言い聞かせた事もあったリンダだったが、自分は決してそうはならない、と固く心に決めていた。正妻の居る男の愛人という立場で、それでも男に頼って生きていくしかなかった母のようには絶対ならない、男に頼らずに独りで生きていくんだ、とリンダはそう決めていた。


 オペラ歌手だった父親から僅かに受けていた音楽の才能も、人に頼らず生きていくには程遠いと早くに見切りをつけて、興味のあったデザインを学んで此処までがむしゃらにやってきた。責任者も任されて、仕事は充実していた。何も不満もない筈だ。だから男なんて必要ない筈だ、そう何度もリンダは自分に言い聞かせた。

「ちょっと優しくされたから、絆されただけなのよ」

 スティーブは自分よりも七歳も年下だし、半人前のひよっ子だと、自分に言い聞かせた。ニナが目覚めない悲しみで一杯だったときに、自分を優しく慰めてくれたスティーブにちょっと気を許しただけなのだ、とリンダは頭を振ってため息をついた。

 だが、悲しそうに帰っていったスティーブの顔を思い出すと、リンダの胸はチクンと微かに痛むのだった。

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