花畑の向こう側で -3-
デイジーがお祝いのためにと一生懸命家の掃除をしていたその日の十時過ぎに、村の役場に勤める近所のジムがノックもしないで家へ駆け込んでくると、キョトンとしているデイジーに向かって叫んだ。
「デイジー! すぐに来なさい! クレイグとマーガレットが……」
真っ青な顔で息を切らしているジムを、デイジーは不思議そうに見つめていた。
町の病院に連れて来られたデイジーは、廊下の椅子に目を虚ろに開いたまま座り込んでいた。
この『霊安室』と書かれたドアの向こうに、クレイグとマーガレットが居ると聞かされた最初は何の事か分からなかったが、ジムが悲しそうにデイジーに説明した。
「二人のトラックに無謀運転の大型トラックが突っ込んだんだ。二人とも即死だったそうだ」
デイジーの小さな頭では何が起きたのか受け止める事が出来ず、ただ呆然としていた。その場にクレイグの親戚の大人が駆け付け、がやがやと慌しく動き回る大人達の中で、デイジーは独り取り残されたようにポツンと座り続けていた。
小雨の降る中行われた葬儀の時にも、デイジーはただ立ち尽くして二人の棺を呆然と見ているだけだった。クレイグとマーガレットがもう居ない、優しく語り掛けてくれる声も、頭を撫でてくれる手も、もう無くなってしまったという事実にデイジーは打ちのめされて、どうしていいか分からずにただ戸惑っていた。
「やっぱり実子じゃないと愛情もないのかしら」
「まぁそういうことだろう」
周りの大人がひそひそと話している声もデイジーには届いていなかった。悲しみで一杯になった小さな胸は、ひたすらにクレイグとマーガレットの事だけを思って泣いていた。
正式な養子になっていなかったデイジーの扱いで、親戚達はもめていた。
「実子ならともかく、養子にもなってない里子なんでしょう? 引き取る事はないわ」
「そうだなぁ、ウチも色々と厳しいしな」
「元の施設に引き取ってもらうしかないだろう」
傍らにデイジーが居るにも関わらず、遠慮なく話し続ける大人達の姿が、デイジーには黒い影にしか見えなかった。デイジーに話し掛ける時の口元だけが白く浮き上がったように見えるが、真っ黒な顔からは凍えるような冷気しか感じられなかった。何かの言葉を話しているようだったが、デイジーには意味のある言葉には聞こえなかった。それでも、デイジーは諦めたように小さく頷いた。
デイジーは元の施設に戻される事になった。
大きなリュックを背負ったデイジーは、迎えの車が来るまで、白い花畑の前で黙って揺れる花を眺めていた。収穫時期を過ぎてしまったイングリッシュデイジーは、白い花びらを散らして項垂れて枯れかけていたが、風は静かに甘い香りを漂わせていた。
目の前の花の花びらが一枚、力尽きたようにひらひらと地面に舞い落ちると、
「わあああああああああああああ!」
デイジーは顔を歪ませて絶叫して、その場に座り込むと泣き崩れた。
花々はデイジーを慰めるように小さく揺れていたが、デイジーは顔を上げずに地面に突っ伏して泣き続けた。
迎えの車が到着して、黒い影の大人が白く切り抜いたような笑顔を張り付かせて何か話し掛けているのを、その時には立ち上がって泣き腫らした目で花畑を見ていたデイジーは、一瞬その影を振り返ってからまた花畑を見つめた。
その緑の瞳はまるで影が乗り移ったように、くすんで暗い灯が灯り、固い表情で眉を寄せたデイジーは花畑に背を向けて、車に向って歩き出した。
白い花々がデイジーを呼ぶように揺れたがデイジーが花畑を振り返る事は無く、枯れかけたイングリッシュデイジーの花びらの最後の一片が静かに地面に落ち、乾いた風が花畑を通り過ぎていった。