花畑の向こう側で -2-
季節が流れ、デイジーが八歳を迎えたばかりの事だった。
村外れの小学校に通うデイジーは、学校が終わると一目散に駆け出した。ゆっくり歩けば小一時間の道のりを、デイジーは急いで駆けて行った。
家々が点在する大通りを、「デイジー! もう帰りかい?」「デイジー、転ぶんじゃないよ」と明るく声を掛ける村人達に、「こんにちは!」と笑って返事をしながらも、デイジーはパタパタと駆け抜けて行った。
やがて家々が途切れ、小さな森が続く道も息を切らしながら走り抜け、小さな川に掛かる木の橋を駆け抜けようとした時、小川で遊んでいた学校の友達が、
「デイジー! 一緒に遊びましょうよ!」
「魚が取れるんだ、お前も来いよ」
と、声を掛けてもデイジーは一瞬立ち止まって首を振って、
「今日は、明日の出荷の準備があるんだ。また今度ね!」
と、友達に手を振って笑ってからまた駆け出した。
小さな森を抜けると、目の前に一面の花畑が広がり、赤や白、ピンク、黄色と彩られた畑で、甘い香りのする風が吹き抜けて花々を小さく揺らしていた。
遠くに、クレイグとマーガレットが畑で花の世話をしているのを見つけると、デイジーはソバカスの浮かんだ頬を紅潮させて大きく手を振って、「ただいま!」と叫ぶと二人に向って駆け出した。
「デイジー! お帰り!」
「お帰りなさい! デイジー、まず手を洗っておやつよ」
クレイグとマーガレットも大きく手を振って、駆け寄ってくるデイジーに微笑んだ。
デイジーは嬉しそうに駆け寄ってマーガレットに抱きつくと、マーガレットはデイジーを抱き締めて息を切らせて真っ赤な頬をしているデイジーに優しくキスをした。土で汚れた手袋を嵌めていたクレイグは両手を見て困った顔で笑っていたが、デイジーはそのクレイグにも抱き付くと飛び上がって頬にキスをして、「すぐ来るから!」と言って家へ駆け込んで行った。
「これは、イングリッシュデイジーだ」
すぐに畑に舞い戻ってきたデイジーの肩を抱いて、一面の白い花畑を前にクレイグが言った。
「デイジー?」
「そうだよ。お前と同じ名前だ。とっても綺麗だろう?」
その言葉にデイジーは嬉しそうに頬を染めて、白い花びらの中央に黄色い芯で風に揺れている小さな花を愛おしそうに見つめていた。
「明日早朝に収穫して、市場に持っていくからね。その帰りに役所で申請手続きをしてくる。そうしたら、デイジー。お前は正式に家の子になるんだ」
クレイグがデイジーに笑い掛けて抱き締めると、デイジーも頬を赤らめて頷いてしっかりとクレイグに抱きついた。そして、二人で一面に広がる咲き誇った花畑を、幸せそうに眺めていた。
翌朝、まだ夜も明けきらない時間から一家で花の収穫を終え、クレイグとマーガレットは小さなトラックに花を詰み終えると、デイジーの頭を撫でた。
「昼過ぎには帰ってくるから、いい子でお留守番しておいてね」
「火には気をつけるんだぞ」
「うん! いってらっしゃい!」
二人代わる代わるにデイジーにキスをして、古いトラックに乗って土の道をガタガタと車を走らせていった。
「デイジー! 帰ったらお祝いよ!」
嬉しそうにマーガレットが車から身を乗り出して手を振って叫ぶと、デイジーも大きく手を振り返して、それから両手に口を当てて叫んだ。
「待ってるから! お父さん! お母さん!」
その言葉にマーガレットは驚いたように口に手を当てて、瞳に涙を浮かべると、「デイジー!」と、嬉しそうにいつまでも手を振り、運転席のクレイグも、嬉しそうに目を擦って微笑んでいた。
デイジーは頬を赤らめて、トラックが見えなくなるまで手を振っていた。