ジェミーの恋 -3-
二人の作業の成果かどうかは分からないが、ニナが出演したCBAの生放送の視聴率は歴代で最高だったようだった。ジェームズは自宅で、ミミはテッドの店でその放送を見守った。
ニナの運んだ春の風は、ジェームズにも、ミミの元にも届いていた。屋内に居る筈なのに微かに髪を揺らすその優しい風に吹かれて、二人とも黙って涙を溢して、やはり泣いている事に気づかずに、ニナの最後の歌を心に刻み込んでいた。
次の日からジェームズは会社を休んだ。ニナが再入院し、一日中付き添いで病院から帰らないハドリーや両親に代わって、ニナの異母姉リンダや妹アニーと共にニナの子供、デビッドとリリーの面倒を見ていたからだ。上司もジェームズからの長期の休みの申請を、何も言わずに許可した。
ミミは心配そうに空の椅子を見つめていたが、それでもジェームズの居ない穴を埋めるべく、今迄以上に仕事に没頭した。それが、自分がニナに対して唯一出来る事だと分かっていたからだ。ニナを支えるジェームズを支える事、それがミミに出来る精一杯だった。
ニナが再入院して七日目の朝、ジェームズからミミに電話が来た。電話口で泣いて中々話せないでいるジェームズに、 ミミは優しく声を掛けた。
「ゆっくり泣いて下さい。焦らないで。いいんです、沢山泣いていいんです」
「ミミ……ニーナが逝った」
ようやく声を振り絞るようにジェームズが呟くと、ミミも覚悟はしていたが、その場に座り込んで、そのままお互い電話口で黙って泣き続けた。
上司から「お前も参列してこい」と言われ、ミミもニナの葬儀に参列した。ロンドン郊外の墓地で、静かに吹く春の風に、皆と同じように空を見上げてニナを見送った。
「テッド……アンタ、ミミの事知ってたんだな」
墓地からの帰り道でミミと並んでジェームズは、テッドと、テッドに肩を抱かれてまだ泣いているベラと一緒にゆっくりと歩いていた。
「ああ。サムから頼まれたからな。ニナの住んでいたアパートを用意してやった」
テッドは遠い目をしていた。
「だが、ミミは施設の事を知られたくないと思っていたからな。俺も言えなかった」
「そうか」
「でも、もういいんです」
俯いて歩いていたミミが小さな声で呟き、ジェームズもテッドもミミを振り返った。
「私、恥じる必要なんか無かったんです。ニナと一緒に過ごした日々を、もっと誇りに思うべきなんです。きっと、ニナもそう思ってくれてると思います。『辛い事もあったけど、一緒に居られてよかったね』って。きっと、そうニナも思ってると思います」
ミミの黒い瞳にもまだ涙は浮かんでいたが、ジェームズは静かに頷くとミミの頭をそっと撫でた。
「お前も、いつまでも泣いてたらニナが悲しむぞ。お前らしくないって」
テッドも微笑むと、傍らのベラの肩をより強く抱いて笑い掛けた。
「ふん。いつもアタシが睨むと困った顔するくせに」
ベラがジロリとテッドを睨むと、やっぱり困った顔をしたテッドに、ベラもジェームズもミミも、クスッと小さな笑みを漏らして、四人また空を見上げて、重い雲の彼方に居るであろうニナを想った。
「俺と付き合ってくれ。いや、むしろ、俺と結婚してくれ」
ニナの追悼コンサートが終わって暫くして、いつもの一緒の夕食の後、テッドの店のカウンターに並んで座り、ジェームズは真顔でミミを覗き込んで言った。
あれから事ある毎にミミを夕食に誘い、テッドの店や自分の自宅にも招いていたジェームズは、そういや告白してなかったと思い出して唐突に切り出してみたが、ミミの反応は意外な物だった。
「え? 私達、付き合って無かったんですか?」
キョトンとしたミミを前にして焦り捲ったジェームズは両手をジタバタと動かして言い訳した。
「いや、だって、いつも食事に行こうって誘ってるだけで申し込んで無かったし、それに、俺ってほら冗談でよく『デートしよう』って言うから、本気にされてないんだとばかり……いや、だって、それにキスだってまだだし……」
冬だというのに冷や汗を浮かべているジェームズにミミはクスッと笑って、「いいですよ」と頬を赤らめて小さく言った。
「え……どっち?」
「どっちって……」
「付き合うほう? 結婚のほう? 俺はどっちかというと結婚のほうが」
急かすようにミミに顔を突きつけて覗き込むジェームズの頭を、後ろからベラが叩いた。
「……アンタ、今度冗談でも他の女の子に『デートしよう』なんて言ったら、承知しないよ」
頭をさすって振り返ったジェームズを覗き込むように睨んで、ベラはゆっくりとジェームズを見据えた。
「うわ……俺、今、ハドリーの気持ちがすっごく分かる」
怯えて呟くジェームズにテッドが苦笑して、ミミも頬を染めたままクスクスと笑った。
そのミミの頬を撫でる優しい風を感じて顔を上げたミミの耳元で、「ジェミーをよろしくね」とニナが囁いたような気がして、ミミは目を閉じて嬉しそうに、「はい」と呟いた。
ミミの手の中にもニナが残した小さな種があった。淡いピンク色に輝くその小さな種を握り締めて、きっとこの種をジェームズと一緒に育てていくんだ、とミミには分かっていた。まだ頭を擦りながらベラと遣り合っているジェームズを見つめて、ミミは幸せそうに微笑んだ。