二人の休日 -3-
「ねぇ、ハドリー。お願い……もう……」
「なんだ、もう欲しいのか。お前も食いしん坊だな」
ハドリーが笑いながら切なそうな顔で見上げているニナの唇を塞いだが、ニナはそっと唇を離して眉を寄せてハドリーを睨んだ。
「もう、いい加減にして!」
結局、昼過ぎまでベッドで過ごしていた二人だったが、ニナに怒られてハドリーはようやく渋々と諦めて、ニナに軽いキスをして終了の合図をした。
「もう遠出は出来ないぞ」
「誰の所為だと思ってるの! 夕飯の買い物には行かなくちゃ。それとも夕飯抜きでもいいの?」
覗き込む様に睨むニナに、ハドリーは頭を掻いてバツが悪そうにそっぽを向いた。
車で十五分のマーケットにやってきた二人は、食料品売り場をゆっくりと歩いていた。ニナが手元のメモを見ながら次々と食材をカートに入れていくのを、カートを押しながら退屈そうに眺めていたハドリーだったが、大きなミルク瓶を重そうに抱えてカートに入れようとしていたニナを慌てて手伝うと、呆れたように呟いた。
「おい、ミルクはまだあったろう。そんなに買ったら腐るぞ」
「使っちゃったのよ。買っておかないともう無いわ」
「何に使ったんだ?」
「プディングよ。朝作っておいたの」
ニナが何気なさそうに言うと、途端にハドリーの顔がパアッと明るくなった。ニナはそんなハドリーにため息をついて、
「チキンもスロークッカーでもう仕込んであるわ。油断してたら今日の夕飯、出来合いを食べるところだったのよ」
と、ハドリーを見上げて眉を寄せた。
「今日はチキンシチューか。じゃあ、ワインが要るな。あれに合う赤を買っておかないと……」
と、嬉しそうに頬を染めたハドリーが一人いそいそとワイン売り場へ行くのを、ニナは呆れたように苦笑いして、その後姿を見送った。
十五時前に二人が買い物から戻って食材を片付け終わると、ハドリーはふと気づいたように左手を握って開いてを繰り返していたが、おもむろにニナに向って、「おい、俺は少しベースを弾いてくるぞ」と声を掛けた。
「ええ、分かったわ。夕飯の時間には戻ってきてね」
と、ニナがハドリーに返事をした時、家の電話が鳴った。
「はい、キャシー。え? これからお茶? 嬉しいわ、キャシー」
電話に出たニナが頬を染めて微笑んでハドリーを振り返ったが、立ち止まって考えていたハドリーは静かに首を振って微笑んだ。
「お前一人で行ってこい」
「キャシーがメレンゲパイを焼いたんですって。いいの? ハドリー」
ニナが心配そうに話し掛けると部屋を出かけていたハドリーの足が止まって、体をピクッとさせ固まったまま眉を寄せて悩んでいたが、もう一度左手を握って開いて考え込んだ挙句に、「……俺の分はお土産で貰って帰ってこい」と目を閉じて眉を寄せて呟いて諦めたように部屋を出て行き、そんなハドリーにニナは呆れたようにため息をついた。
夢中になってベースを弾いていたハドリーの目の前に、ニナの小さな手がひらひらと揺れた。
「ハドリー、もう時間よ」
ヘッドフォンをつけていたため折角かけておいたタイマーも役に立たず、ようやく気づいたハドリーが顔を上げると、もう夕餉の時間を過ぎていた。
「ああ」と頷いて、ニナとキッチンに戻ったハドリーは冷蔵庫を覗き込んで眉を顰めた。
「お前、パイを貰ってくるの忘れたろう」
「ちゃんと貰ってきたわよ。一ホール分をね」
ダイニングテーブルに夕餉の用意をしながら、ニナはクスッと笑った。
「切り分けてあるから、明日のバンドのリハでみんなで食べてって、キャシーが」
「おう、そうか。みんなキャシーのスイーツは好きなんだよな」
途端に嬉しそうな顔になったハドリーに、ニナは今日何度目かの苦笑をした。
夕餉に満足したらしいハドリーは、まだワインの酔いを頬に残して、上機嫌で冷蔵庫からエールを取り出すと鼻歌を歌いながらソファに腰掛けた。
そんな様子を見ていたニナが、呆れて「ハドリー。まだ飲むの?」と呟いた。
「まだ、そんなに飲んでないぞ。ワイン一本だけだ」
ハドリーはむくれてニナを横目で睨んだ。
「明日、二日酔いで皆に迷惑掛けないでね」
と、キッチンで洗い物をしているニナが心配そうにハドリーを振り返ると、
「大丈夫だ。二日酔いなんてスコッチ二~三本は空けないとならないからな」
と、ハドリーは悪びれもせずにエールを飲んだ。
「じゃあ、外で飲んで二日酔いで帰ってきてた時、いつもそんなに飲んでたの?」
ニナが目を丸くして驚くと、ハドリーはバツが悪そうに目を逸らして知らん顔をした。
洗い物を終えたニナはハドリーを睨んだまま目を逸らさずに近づいてきて、そっぽを向いているハドリーの顔を身を乗り出して覗き込むと、じっと目を見たまま睨み付けた。
「ハドリー!」
「なんだ」
ハドリーが惚けて返事をするとニナは急に眉を寄せて、泣き出しそうな顔になった。
「心配なのよ、ハドリー。そんなに飲んじゃ体に悪いわ。貴方にもしもの事があったら……私、生きていけないわ」
瞳を潤ませてハドリーを見つめているニナの顔を、驚いた顔で見返していたハドリーは、
「大丈夫だ、ニナ。俺はお前を残して先に死んだりしない。俺達は二人で一人だ。ずっと一緒だって誓ったろう」と、ニナの頭を叩いてフッと笑った。
「でも……」
と、まだ心配そうなニナを片手で抱きすくめると、ハドリーは静かに微笑んだ。
「それに、もう浴びるほど飲む必要は無くなったからな。もう何時でもお前を抱ける」
「ハドリー……まさか……」
「ああ。後でまたたっぷりと抱くぞ」
そう言うと、ハドリーはニナを抱えたまま唇を寄せてキスをした。困った顔をしていたニナも、ハドリーがエールの瓶をテーブルに置いて、ニナを強く抱き締めて熱いキスに変わると、頬を染めてハドリーの首に腕を絡めた。
「ハドリー……でも、あんまり意地悪にしないでね」
「まぁ、無理だな。俺は意地悪だからな」
囁くようにニナが呟いたが、ニナの鼻をチョンと突付いて、楽しそうにハドリーは笑った。