-93:私は、5-
「ア、アズウェル騎士団長!! た、助けて下さい! 父が、父が!!」
リアレスがどこへ消えたのか探し出すための算段を立てていたところに慌てて飛び込んで来る一人の男があった。
「トラップ殿? どうされたのですか?」
アズウェルは飛び込んで来るなりへたり込んだトラップを起き上がらせるながら尋ねた。
トラップは息を切らせながら、何とかアズウェルの助けを借りて、落ち着きを取り戻そうとしている。
「さ、さきほど、クリスタスの外れの別荘に寄ったのですが、怪しげな男が、入っていって……」
「本当ですか?」
「黒髪で紅い目の男でした。私は非力なものですからどうしたら良いか分からず、アズウェル殿にお願いしに来たのです。お願いです。父が、父が別荘にいるのです。早くお願いします!」
アズウェルにしがみつきながら訴えるトラップを見て、その願いをはねのけることはできなかった。
そして、何より、黒髪と紅い目というトラップの言葉に引っかかった。
それは周りにいた、ジルファやルーナ、リヒトも同じで、4人は顔を見合わせる。
「分かりました、すぐ行きましょう」
「あぁ、それは良かった……」
またへなへなとトラップはへたり込んだ。
「ジルファ、お前は数名の騎士とトラップ殿の護衛を。他で動けるものは私と共に来い」
アズウェルたちは早速出て行き、トラップとジルファ、それに数名の騎士が残された。
「トラップ殿、お掛け下さい。今、水をお持ちします」
「すいませんね……」
「いえ」
ジルファは騎士に水を持ってくるよう指示した。
その間、椅子に掛けたトラップの表情は先ほどとは違い、まるで別人のようだ。
「……さぁて、これで全部終わり、ですね。リアレス」
この呟きを知る者は誰もいない。
*****
リアレスはそこに1人で立っていた。
手に握られたのはその瞳と同じような紅く染まった短剣。リアレスの足下に転がるのは男の姿だった。
そして、その周りには10人ほどだろうか、男も転がっている。しかし、それらの男は足下に転がる男と違い、血が出ていないようだった。
リアレスは短剣を握る腕をだらしなく下げているだけで、微動だにしない。
ルーナは血溜まりに沈む男に目をやり、どこか見覚えがるその姿を見つめた。よく見てみると、いつか会った、ファグランディというリアレスの養父と名乗っていた男だ。
信じられないものを見るようにリアレスを見つめると、今までとは何か違うリアレスの様子に気持ちがざわついた。
今すぐ床の中に溶けてしまいそうな危うさがある。
「……リアレス・トラン。話は騎士団でゆっくり聞かせてもらうぞ」
アズウェルは苦しそうにそう言った。
リアレスはその言葉にうっすら笑みを浮かべるだけだ。
そんな状態のリアレスの腕を拘束しようと騎士が近づき腕を取ろうとすると、騎士はリアレスに触れるなり手を止める。
隣にいたアズウェルは不審気に騎士を見つめた。
「……どうした」
「……その、冷たくて、何というか」
その言葉でアズウェルは慌ててリアレスの腕をとり、自分と向き合わせるようにしたが、引っ張られたリアレスはバランスを崩した積み木のように床に倒れ込んだ。
起こったことがいまいちよく分からず、アズウェルは腕を掴んだまま、リアレスを見下ろした。
「……リースっ!」
ルーナは倒れ込んだリアレスを見て思わず駆け寄る。
呆然と立ち尽くすアズウェルのそのままにリアレスに触れてみると、温もりが消えていっているのを感じた。
「……ど、どうして」
揺らしても、叩いてもリアレスは反応を見せない。
「どうなっているんだ。リアレスに特に外傷は無いのに……」
アズウェルもしゃがみ、リアレスの様子をうかがうが、脈のない事を確認すると事実だけがその場に残される。
「……結局、お前は」
アズウェルはため息を吐いて周りの騎士に声をかけ、部屋を調べるようにと今後の指示を出す。
「リヒト皇子。ルーナ様をお任せしてもよろしいですか?」
「……はい」
リヒトはルーナの小さくなった背中を見ながら重く頷いた。
アズウェルはその返事に頭を下げ、横をすり抜けて行く。その拳は堅く握られたままだったのをリヒトは見逃さなかった。
王族分家のトイズ家の元当主であったファグランディ・K・トイズ、また、同じくキューズ家当主のファスタシア・K・キューズがこの日、リアレス・トランによって殺害された。
この事件は犯人について、つまり、リアレスについてはその特殊性などから伏せられた。
そして、キューズ家が禁止されていた〈アルセア〉を続けていたことが発覚し、身分を剥奪された上、実験室や資料の一切が燃やされることが決定する。




