-90:私は、4-
「団長殿、遅かったですね」
「状況を報告しろ」
キューズ家にジルファから遅れて現れたアズウェルは焦った様子で促した。
「先程、アスラエル騎士団騎士長のメルクラム・ゾル上三位騎士がファスタシア殿の書斎で発見されました」
「……見れば分かる。リアレスは」
アズウェルはジルファの後ろをちらりと見やる。
特に外傷はないようだが、メルクラムはぐったりとしたまま動かない。
「いえ、姿は誰も……。ついでに、ファスタシア殿もいらっしゃいませんでした」
「どこに行った……。まさか連れ出して、とかか? いや、それは効率が悪いし、そうする理由がない」
アズウェルが考え込んでいると、書斎の前を警備していた騎士がざわざわとしていることに気が付いた。
考えがそれで途切れた為、溜め息を吐きながら扉を開ける。
「おい、何があった。誰もこの中に入れるなと言ったは──」
アズウェルは絶句した。
「アズウェルさん、リースは?!」
アズウェルの目に映ったのはアルセア国の隠された王女と隣国ウロストセリアの皇子だった。
その場で大声を上げそうになったが、ほかの騎士が目に入り、急いでルーナとリヒトを書斎に引き入れる。
勢い良く扉が閉まるとジルファも驚いてアズウェルを見た。
「ルーナ様、何をしているんですか……! 良いですか? あなたは一国の王女なんですよ? こんな所に来ては行けません」
アズウェルは外にいる騎士に聞こえないギリギリのボリュームの声でルーナを叱った。
ルーナは俯いてその言葉を受け止めるしかなかった。こうなる事は重々承知していたが、それでも来なければ行けないとルーナは思う。
「でも、私はリースに会う必要があるの」
真っ直ぐな黄緑色の瞳がアズウェルに向けられた。
ルーナの後ろにいたリヒトに目をやると、リヒトは申し訳無さそうに笑うだけで、アズウェルは溜め息が出るのを抑えられない。
「……分かりました。いいですが、危険な事はしないで下さいね」
「ええ。約束するわ」
ルーナははにかみ、頷いた。
「それで、リースは?」
「……それが、分からないのですよ、ルーナ様。私が到着した時にはメルクラム殿の遺体しか発見できませんでした」
ジルファが静かに言うと、ルーナは表情を暗くした。
「しかし、メルクラム殿は若干温かみが残っていました。殺されてから間もないと思うのですが、周辺にも居ないと報告がありましたし、まだこの中に潜んでいる可能性もあります」
ガシャン。
ジルファが状況を説明しているとどこからか音が聞こえた。
それは書斎からではなく、さらに、どこからか響いてくるようなものであった。
「今のは……?」
アズウェルは眉間にしわを寄せ書斎を見渡す。
つられてリヒトとジルファも見回した。
「……あれは」
リヒトは不自然な間隔の書棚が目に留まった。
恐る恐る近づいていき、書棚に手をかけ力を入れるとガラガラと書棚が動き、暗い入口が現れる。
「隠し部屋ですか」
「そのようだ……。ジルファ、お前はここでこの入り口を見張れ」
アズウェルがその暗闇に入っていこうとするとルーナも後追う。
「ルーナ様」
アズウェルが咎めるように言うが、ルーナは引かない。
「アズウェル殿。私もおります。万が一の時は私がルーナを守りますので、ご安心下さい」
リヒトはが強く言うとアズウェルは何も言えず、頷き、2人の同行を許可するほかない。
ウロストセリア帝国の皇子であれば、剣術も仕込まれているはずで、ルーナ1人付いてくるよりかは安全だとアズウェルも判断したのだ。
「では、行きましょう」
「はい!」
闇の中歩く中、ルーナはリアレスの事を考えていた。まだ、リアレスという名が慣れず、やはり、ルーナの中でリアレスはリースだ。
リースと出会ってからは1人だったルーナは暗闇で1人ではなくなった。旅を始める時は勢いで家を出たと言う感じで何も考えていなかったが、リースはいつも道を示し、隣を歩いた。
示す道がどんなものであれ、隣を歩いてくれていた事には変わりない。だから、ルーナは心の底からリアレスを、リースを憎む事ができないでいる。
「……ここは」
開けた場所に出て、それが部屋らしいという事が分かる。
そして、奥にあるぼんやりと浮かぶ、透明な筒の入れ物に人が浮かんでいたのが3人に見て取れた。
アズウェルはその人を見て目を見張る。
「……リト、ラス」
ぽつりと呟いた言葉に、部屋にある気配が動く。
リトラスの入る入れ物の前にいた人物が振り返り、3人を見つめた。
「ここまで来たか」
並んだリアレスの姿とリトラスの姿に3人は固まってしまう。
「アズウェル、これが、ファスタシアがしていた事だ。俺の話したことは事実で、証拠は全部ここにある」
リアレスはそう言いながら、またリトラスを見た。
その横顔を見たルーナは何故だか苦しくなる。
「お前……」
アズウェルが近づこうとするが、途中で足が止まる。
「……ファスタシア、殿」
見るも無惨な姿が横たわり、アズウェルは眉間にしわを寄せる。
同様に近づこうとしてくるルーナ達をアズウェルは制した。
「お2人とも近づかないで下さい。特に、ルーナ様はいけません」
「……え」
ルーナはなおも近づこうとしたが、リヒトはアズウェルの足元が赤く染まっているのを見てルーナの腕をつかむ。
ルーナはリヒトを見つめるが、リヒトは首を振り、腕を放そうとはしなかった。
仕方がなく、少し離れた場所からルーナはリアレスを真っ直ぐ見つめる。
「リース! ねえ、どうして、どうしてスタートルテ夫妻を殺す必要があったの? あなたはどんな思いで私と一緒にいたの?!」
叫びに近い言葉がリアレスの耳に届く。
「……スタートルテは始めから王を裏切るつもりだった。あのままではお前はこいつと同じ運命を辿った」
リアレスは入れ物をコンコンと叩く。
「それはつまり、この世に再び戦乱がくる危険でもあった。だから、やった。それだけだ」
「私が王女だって、知ってて」
「一緒にいたのは護衛だ。まさかお前から接触してくるとは思わなかったがな。本当であれば時雨ミセルがお前に付くはずだった」
ルーナは目を見張る。
「まさか、ミセル先生も私を王女と知って、守る役だったの……?」
「そうだ。お前の家庭教師で様子を見ながら守っていた。だが、どのみち護衛を務めなければ行けないのであれば俺がやろうが時雨がやろうが関係ない。その程度の思いしかないな」
リアレスはふーっと息を吐き、リトラスの入る入れ物を蹴り倒した。
大きな音が部屋に響き、中に入っていた液体が床を伝って広がっていく。
「……じゃあな」
その言葉が3人に届くと、辺り一面は煙に覆われ始めていた。
煙の中に浮かび上がっていた姿は次第に見えなくなり、見失う。
「……リアレス! 待て、リアレス!!」
最後に3人が見たのはリアレスがリトラスを抱えていた姿だった。




