-09:少年の涙-
「フェザリードル、だと」
暗く、低い声が、アエルに降りかかった。
―09:少年の涙
アエルは膝に置いていた、手をぎゅっと握りしめ、下を向いて、唇をかみしめていた。ルーナはその名が示している事を全く知らないようだった。何故、リースが鋭い視線をアエルに向けているのかも、アエルが自分の姓を語りたがらなかったのかも。
ルーナはリースとアエルを交互に見ながら、答えを求めていた。
リースはあたふたとしているルーナを見て、アエルから視線を外した。視線が外されたことによってアエルは込めていた力を緩めたが、依然として、アエルは下を向いたままだった。
ルーナは答えを求めるようにアエルから視線を外したリースを伺った。
「フェザリードルは、アスラエルを収める一族の名だ」
「それって……」
「領主のボンボンが何でこんな事をしているのか不思議だな。小遣い稼ぎにこんな事をしているのか? はたまた、個人的問題ではなく、家全体の問題なのか、な」
ルーナに言ってはいたが、冷やかな口調はアエルに突き刺さった。再び込められた力で、アエルはわなわなと身体を震わせていた。
アエルの様子を見たルーナはそれが嘘でない事を知ったのだった。アスラエルを収める一族が、何らかの悪事に関わっている。それも、大人だけではなく、アエルの様な子供までが。
「……僕の父さん、エイクド・フェザリードルはイダラの人間を攫い、売りさばいている悪人です」
下を向いていたはずのアエルはリースを見据えて、低い声で言った。その瞳はリースに訴えるようだった。リースは少し表情を緩め、アエルと向き合った。
「母さんが亡くなってから、父さんはそんな事をするようになった。でも、アスラエルは騎士団が厳しくて、なかなかそんな事は出来ない。アスラエルの、それも領主が、ここに居てイダラの人をそんな風には出来ないはずだったんです」
一つ一つ、言葉を確かめていくようにアエルは話していた。話すまでは長かったが、何かの突っかかりが取れたかのように、話し出すと止まらなかった。
「でも、そんな事が出来るようになった。いつの日か、ここの警備が甘くなったんです。それで、父さんは、いや、それも、父さんが何かしたに違いありません。つまり、イダラと隣接し、警備が甘くなったアスラエルは父さんにとっていい場所となったのです。そして、僕を……っ……ううん、父さんは今ではすっかり変わってしまいました」
そこまで話し終えたアエルはまた、涙を目に浮かべていた。ルーナはよく泣いていると思った。それは、恐怖からか、悲しさからか、それとも、やっと話す事が出来たという、安堵なのからなのか。何にせよ、ルーナはそっと頭に手を置く事がアエルには必要だと感じた。
「父親の役に立ちたかったか?」
アエルはリースの言葉に、驚いたような顔をしていた。
「……それはっ……僕は……ただ……」
「いい、分かった」
言葉を探しているアエルの言葉を遮り、リースは少し、柔らかくそう言った。リースはゆっくりと近くの木にもたれかかりながら座った。
アエルは静かに涙を流した。ルーナは頭に乗せていた手を自分の方へ戻し、不安気にアエルを見守った。
「アエル、俺たちがお前の初めの仕事か?」
「……うん」
リースはアエルの方を見ないまま、そう尋ねた。まだ涙がこぼれているが、アエルはしっかり返事をした。
「理由はどうあれ、お前はやっちゃいけない事をした。未遂に終わったとしても、事実は覆せない。それを負う覚悟はあったとは思えない。だったら、やめろ。お前には無理な事だ。こんなこと自体やめるのは当然だけどな」
「わ、私もこんな事、アエルにはしてほしくない。……まだ、会ったばっかりだけど、本心ではないのは分かる。だからね、アエル――」
アエルと向き合ったルーナは言葉が続かなかった。泣いていたはずのアエルは泣き止んでおり、何かを決意したように、すっきりとした顔をしていた。
リースはアエルの表情を見て、くすっと笑った。
「所詮、ガキ……って事はなかったな」
リースはまた立ち上がり、持ってきた荷物を抱えた。ルーナの荷物を彼女の目の前まで持ってきた。そして、そのままアスラエルの町の中に歩いて行こうとしていた。
ルーナは慌てて荷物を背負い、リースを追いかけようとした。しかし、アエルの事が気がかりで、歩みだそうか戸惑ってしまっていた。
すると、不意に、リースが振り返った。
「案内、してくれるんだろう?」
アエルは頬を伝った涙を拭い、立ち上がった。
「お礼に、案内、してやるよ」
少しとげとげしい口調は初めに出会ったころの様だった。しかし、そんな口調がどこか安心できるとルーナは思った。
ルーナとアエルの2人は急いで、リースのもとへ駆け寄った。
「何の礼だ?」
「……また、迷っていればいいよ」