-89:俺は、2-
窓から日の光がリアレスの背に射さる。
じりじりと照らされ、背中にじんわりと汗をかいた。
リアレスの目の前にいるのは、アルセア国の騎士、メルクラム。会うのは一応二度目となるのだが、リアレスはその再会を喜んではいない。
ニヤリと笑うメルクラムに対し、リアレスはただ一点を睨みつけていた。
「おいおい。私を眼中に入れてくれませんかねぇ」
睨みつけるのはメルクラムを通り越したただ一点。リアレスの目はファスタシアを見ていた。
「油断していると、痛い目見ますよぉ」
「ちっ」
メルクラムはリアレスに斬り込み、リアレスはなんとか寸でのところでそれをかわす。
「全く。ジェルドは困ったものを遺していったな。私の試作品も壊すなんて。ユースリアは極限まで生の力を薄め、生と死の力のバランス良く出来たのだよ?」
ファスタシアはメルクラムとリアレスが剣を交えているのを横目で見ながら、壁際の方まで歩いていく。
そして、壁際の書棚で何かしているところまでリアレスはとらえる。
その後も目で追おうとするが、意外に速い攻撃が次々と飛んでくる為、リアレスは余裕がなかった。
「さっさと使ってみてはどうです? あなたの死の力、見てみたいなぁ」
気色の悪い笑顔だとリアレスは思う。
表情一つ変えず、ただ的確に攻撃を繰り出してくるメルクラムに少しずつ、押されていく。
「……っ」
リアレスの背中に机が当たる。これ以上下がることができなくなり、逃げ場がない。
リアレスは覚悟を決めた。
「おやっ?」
黒髪から姿を見せたのは、金色の瞳。
リアレスの金色の右目がメルクラムをとらえ、メルクラムもまた、それを見つめた。
その瞬間、何かがはじけたかのように、メルクラムの視界は真っ白になり、糸の切れた操り人形のように倒れていく。
「……はぁ。くそ、手間とらせやがって」
リアレスは汗を拭い、書棚を見た。
そこにいたはずのファスタシアの姿はなく、暗いどこかへ続く道があるのみだ。
しかし、リアレスは躊躇うことなく、その闇に入っていった。
自分はずっと闇の中を歩いていたと、その時リアレスは思う。どこまでも出口はなく、それは13年前から同じだったと、そう思ったのだ。
目の前でリトラスを奪われ、両親息絶える姿を見届けたあの日から歩く道は暗かった。
しばらく歩いた先は開けており、ぼんやりとした明かりがその部屋を照らす。
中心にはファスタシアがいて、リアレスに背を向けている。
そのファスタシアが見つめていたのは、リアレスと同じ姿をした、黒髪の青年だった。
ただ、青年は液体で満ちた透明な入れ物に入れられ、生きているとも分からない状態である。
リアレスが近づく音にファスタシアは振り返った。その口は不気味な三日月を浮かべて。
「使ったな」
「ああ。だが、まだのようだがな」
「最後に問おう。……私の力にならないか?」
リアレスはその言葉に吐き気がした。
「なるわけ、ないだろっ!」
言葉と共に地面を蹴ったリアレスはファスタシアへめがけて飛び込んでいくが、それは叶わない。
横から蹴り飛ばされたのだ。
ガシャガシャ。
蹴り飛ばされたリアレスは部屋においてあったものにぶつかり、その物が崩れる音が響いた。
「おいおい、あまり壊してくれるな」
ファスタシアの声の方を見つめたリアレスは目をこする。
「……お前、何をつくった。それは、いったい何だ」
ぼやけた視界がはっきりしてくると、ファスタシアに横にいた人物が浮かび上がる。
リアレスは立ち上がり、切れた頬の血を拭うとその人物とファスタシアを交互に見た。
「適応者がなかなか出なくてね。であれば、もう1人つくればいいのだ。リトラスを、ね」
ファスタシアの横にいたのは入れ物に入ったリトラスとは違う、だが、同じ顔をしたものだった。
リアレスは唇をかみしめる。口の中に広がったのは鉄の味。
「……自分のやっている事がどういう事なのか、お前は分かっているのか?」
「これは全てこの国の、アルセア国の為だ。私は十分承知しているつもりだが?」
ユースリアのように瞳には生気がなく、ただの人形のような姿にリアレスは苦しくなる。
本当にただの実験の材料として、いい〈神仕え〉の材料として、自分と血を分けたリトラスが扱われていた事を突きつけられた。
「何回も言うが、お前にその力も十分有用なのだ。国の為に使え。私ならそれを上手く使える。私と手を組めば、その力に怯える事も、抑える事もしなくて良いのだ。さあ、私と共に──」
「もういい。お前は一生黙ってろ」
リアレスは躊躇いなくファスタシアの横に居たものを斬り、蹴り飛ばす。
飛ばされたものはガシャンと大きな音を立て、ものを壊した後、動かなくなった。
「何と言うことを……! ああ、お前は兄弟でさえもそのように扱う人でなしなのかね? ジェルドが聞いたらきっと──」
そこで、ファスタシアの声は途絶える。
「人でなしは、どいつだ」
赤い花びらが舞い、ゴトンと鈍い音が響いた。
それに続いて、ファスタシアの首から下がドサリと倒れた。
リトラスの瞳はより紅く、暗く輝き、ゆっくりとリトラスをとらえた。
「……ごめんな」
パシャパシャと赤い水溜まりを歩いてリアレスはリトラスに近づいていく。
入れ物に手を当て、見上げ、ただしばらくその姿を見ていた。




