-88:俺は、1-
──数時間前。
立派な屋敷を見ると、中に住んでいる人間も立派だと考えるが、実際はそうでない。
見せかけて、住んでいる人間はろくでもないなんて事は良くあることだとリアレスは思う。
現にこうしてリアレスの目の前にはそれが広がっていた。
「忌々しい」
リアレスは独り、呟き、目的の場所場で歩み出した。
リアレスがこの屋敷、キューズ家に来たのは初めてだったが、迷い無く進んでいく。
警備の目をかいくぐり、屋敷に入る。
屋敷の中も見た目同様、豪華な作りで、壁には高そうな絵画が飾られていた。
そんな絵画を哀れに思いながらリアレスは進み、1階の奥の部屋に辿り着く。
重々しい扉が目の前に広がっていた。
コンコン。
ぎぃと扉を開けると、目の前には机の上に書類を沢山乗せ、それらと睨めっこしている男がいた。
バタン。
扉が閉まると男は顔を上げる。
「……見ない顔だな。何用だ。どうやって入った」
リアレスが覚えているのよりもしわがれた声が届き、クスリと笑う。
「長かった。……久し振りだな、ファスタシア」
不気味な笑みを向けられ、ファスタシアは目を細め姿をよく見る。
扉の少し前にいるリアレスが遠くて顔がよく認識できていないが、紅い瞳と黒髪にはどこか見覚えがあった。ファスタシアは手に持った書類を置き、リアレスの瞳をじっと見つめる。
「トランの者か? いや、あの時全員死んだはずだ」
「お前ならよく知っているはずだ。〈神仕え〉の力は生と死の力だと。そして、お前がトランから奪ったのは何だったか」
ファスタシアはまさかと思う。確かに、トラン家の人間は知っている中では1人しか今は居ないはずだ。考えても目の前にいる人間が何者か、そもそも本当にトランの者なのか分からないでいた。
「奪った? 何の話だ。それよりお前は何者だ。名乗れ」
「……リアレス・トラン。貴様が奪ったリトラス・トランの双子の弟。そして、死の力をより強く継承した〈神仕え〉だ」
そこまできてようやくファスタシアは焦りの色を見せる。
「双子の、だと? あの時死んだはずだ。……まさか、リトラスが何かしたか」
「〈アルセア〉で十分知っているだろうが、目の前で斬りつけられたリトラスの血が、偶然にも俺の体内へ入った。これが意味するのは血液による力の吸収。お前がセルトラリアのユースリアに、血液を薄めたものを使った薬を与えてやったのと同じような感じか? ただ、俺の場合、双子で死の力を受け継いでいたから、力は付与しやすかったけどな」
リアレスはゆっくりとファスタシアに近づいていく。
「ギリギリで覚醒した俺は命からがらあの燃える家から逃げ出した。全ては連れ去られた兄の為と家族の為」
「何をしにここへ来た」
「勿論、返すべきものを返してもらいに」
ファスタシアの目の前まで来たリアレスが見下すかのような冷ややかな目を向けた。
「返す? あれはもう人とは呼べぬ。私の為になった方が本人も幸せだろう」
「黙れ屑が。お前は最初からあいつを人として扱わなかった。いや、自分以外は人として扱ってないだろ。ユースリアを無理やり〈神仕え〉にし、リトラスはただの血液供給源にした。遂にはこの国の王女までも実験の材料にしようとした。そんなに〈神仕え〉の力を広めたいか? 戦争がしたいか? ふざけるのも大概にしろ」
紅い瞳に怒りがこもる。いつもよりも感情的になり、リアレスはひとまず落ち着こうと息を吐く。
だが、その感情的なリアレスを目にしてもファスタシアはただ笑うだけだった。
「ふざけているのはどっちか。せっかくの力を使わんでどうする? 私は力を有効活用しようと言うだけだ。この生ぬるい国を変えてやろうと思っているだけだ」
「人の命も何とも思わないで、か」
ファスタシアは立ち上がってリアレスの横に立つ。
リアレスはファスタシアを睨み付ける。
「アルセア国の糧になれるなら本望だろう」
「それは国の糧じゃない。お前の糧だろうが。そんなのは誰でもごめんだね」
「……まあ、こんな話を続けていても埒は明くまい」
ファスタシアがパチンと指を鳴らすと現れたのはいつかの騎士。
剣を抜きながらにやにや笑う姿にリアレスは溜め息が漏れた。
「リアレスといったか。ジェルドの子よ。お前は生の力もリトラスから得た。さらに元々死の力を継承していたと言ったな。では、なぜ私をその力で殺してしまわない?」
ファスタシアはリアレスの横を通り過ぎ、騎士の後ろに立つ。
リアレスはファスタシアから視線を逸らしたまま動かなかった。
「生の力は微々たるものなのだろう? 生と死の力からなる〈神仕え〉。これはバランスだ。生の力だけのリトラスはむやみやたらに生を振りまき、自身の命を削った。お前は逆だな」
クツクツと笑う声が部屋に響く。その耳障りな声にリアレスは耳をふさいでしまいたかった。
「始め知らないうちにお前はそれを使っていた。リトラスのようにむやみやたらではなかったようだが。そして気が付いたのだろう? お前は生の力を溜め込み過ぎ、吐き出せないでいる事を。生のエネルギーで爆発する恐れのある事を。違うか? え?」
リアレスはギュッと拳を握りしめた。
「図星だな。ははっ。残念な双子だ。ジェルドもつくづく報われないな。そもそもルーセなんかを妻にするからこうなるのだ。全く馬鹿なおと──」
その時ファスタシアの頬を何かがかすめた。
徐々にじりじりと痛み出した頬をさすれば、手にはぬめりとした感触。その手を見ると、赤く染まっていた。
「……黙れ」
リアレスの手には既にいくつかのナイフが握られていた。
「……メルクラム、殺れ」
「いいんですか? あれも貴重な材料なのでは?」
「……いい。邪魔だ」
「じゃ、やっちゃいますねぇ」
メルクラムは楽しげに言った。




