-86:私は、2-
和平条約締結5周年記念式典の日、アルセア国騎士団長が驚いていたことに疑問を持ち、ダグライから聞いた話がリース──つまり、リアレスに関係していた。
ルーナは乗り出していた身体から力を抜き、ソファへと沈み込んだ。
「リース、そのリアレス・トランの話を聞かせてもらえませんか?」
リヒトがルーナの代わりに先を促すとアズウェルは真剣な面持ちで頷いた。
「リアレスは私の師匠の息子であり、弟のような存在であり、弟弟子でもありました。2代前の騎士団長であるジェルド・トランはリアレスの父親に当たります。そして、13年前、トラン家に賊が押し入り、一家全員が亡くなったとされたはずなのです」
「しかし、リアレスは生きていた……」
リヒトの言葉にアズウェルは視線を下げる。
「……はい。確かに、家は全焼し、遺体は身元が確認できる状態ではありませんでした。しかし、私はあの時、家に全員がいたことを知っています。当時7歳だったリアレスがどうこうできる事ではなかったと考えて、私ももう、居ないものだと思っていました」
ルーナにはアズウェルの言葉がずしりと届く。
長らく共に旅をしてきて、少しは近づけているかと、信じられる存在になったと思っていたが、裏切られたショックは、今もルーナの中にある。だが、リアレスを裏切り者だと、許せない気持ちが何故だか揺らぐ。
「先日会ってしまったものですから、リアレスが生きている事を認めなければ──」
「会ったのですか?! リ、アレスに!」
ルーナははっとしてまた、身を乗り出した。まだ言い慣れないリアレスという名に戸惑いながらも、アズウェルに畳みかけるように問う。
アズウェルはその勢いに気圧され、一歩後ろへ下がる。
「え、ええ。旧バグライド村で……」
「この聖都に来ている……リアレスが……」
口に出して繰り返し、ルーナは状況を何とか掴もうとした。
王から過去の話を聞いたばかりで、正直ルーナは頭が追いつかなくなってきている。
「……トラン、ジェルド、第105代騎士団長」
その様な中、今まで黙っていた王が呟く。
そして、何かを思い出したかのように目を見開いた。
「アズウェル殿、確かジェルドの妻はルーセと言ったか?」
「はい。ルーセさんは師匠の奥様でいらっしゃいました」
「……やはりか」
その場にいた全員の視線が自然と王へと集まる。
王は頭を抱え、表情を曇らせている。
「お父様、何か、ご存知なのですか……?」
「……ジェルド・トランはこの城のメイドであったルーセと言う女性を妻にした。このルーセという女性は、アルセア・帝国戦争以前に、前王が実験の一環としてメイドとの間にもうけた子供なのだ」
クリスタス王家では、必ず一子しか生まないという決まりがある。それは、〈神仕え〉の力があるからであり、その決まりは重い。
かつて、それを破ったのは前王。しかも、理由はあの実験のため。
「リアレスの母は、クリスタス王家の血を引いている、と……?」
アズウェルが恐る恐る尋ねると、王はゆっくりと頷いた。
「ああ。しかし、彼女は〈神仕え〉の力を継承してはいなかった。故に、一応城で目の届く範囲に置いていたのだが、ジェルドの目に留まり懇願され、ジェルドが騎士だったこともあり、結婚を許された」
クリスタス王家の血を引く、リアレスの母。よって、リアレス自身もクリスタス王家の血を引いていることになる。
さらに、ルーナとリアレスは言ってしまえば、いとこになるのだ。
「リアレスにもしかして、〈神仕え〉の力が……」
リヒトがぽつりと呟いた。
隣で聞いていたルーナはその言葉に震えた。
リスターで両親が殺されたあの夜。道化師は右目にモノクルを着け、その金色の目を光らせていた。フレバでも道化師のその右目は金色。
「リアレスの右目は金色です。私、見ました……。狂愛の道化師として現れた時、彼の右目は金色に光って……」
金色の目は〈神仕え〉の印。
アルセアにいる人間であれば、ほとんどの人間が知っていることだ。
「それは確かなのかい?」
「……はい。多分、リアレスには〈神仕え〉の力があります」
ルーナの言葉を聞いて顔を特にしかめたのはアズウェルだ。
トラン家という騎士の名家であり、アルセア国を守る立場の者の血を継ぐ者が、道化師などという賊となっていたなど、アズウェルには理解しがたかった。たとえ、どんな理由があったとしても。
「何と言うことだ……まさか、前王の過ちがここでも影響を与えてくるなど……。そのリアレス・トランは今、何処に?」
王がアズウェルに尋ねたが、アズウェルは首を横に振った。
「申し訳ありません。先日リアレスと会い、話したのですが、聞かされた内容が、内容でしたので、頭の中を整理しているうちにリアレスはどこ、か……」
話しているうちに失速し、ついには話の途中で黙ってしまった。
王は顔をしかめ、アズウェルを見るが、フリーズして動かない。
ルーセが前王の隠し子でそれは〈アルセア〉の一環。そして、右目が金色で〈神仕え〉の力を継承してしまったリアレス。そのリアレスから、バグライドで聞いた過去の話。アズウェルの頭の中で一つ一つが繋げられていく。
── ……そう言えば、お前に双子が生まれたと聞いた。今度お祝いに伺おうと思っているのだ。
──わざわざファスタシア殿に来ていただくなど申し訳ない。お気持ちだけで十分です。
──私が行きたいのだ。その子供の様子が、気になるのでな。何せ、お前とあの娘の子だからな。
──ファスタシア・K・キューズがこのバグライドを終わらせた張本人であっても、ですか?
リトラスが〈神仕え〉の力を持っていたなど冗談だと思っていた。ファスタシアがそれでトラン家を追い込んだのも、リアレスの思い込みだと思っていた。アズウェルはリアレスの話を信じ切れていなかったのだ。
だが、ルーセが、リアレスとリトラスの母親がクリスタス王家の血を引いているとなれば、冗談や思い込みとしてしまうことは出来なくなる。
それが全て本当のことであったら、とアズウェルは考える。
──狂愛の道化師。
「アズウェル殿?」
「……至急、キューズ家に騎士を派遣すべきかと思われます!」
「……どう言うことだ」
「リアレスはきっと、ファスタシア殿を裁くつもりです」




