-83:オウカコ14-
何が起きたのか分からなかった。
リアレスの視界は一面赤い。
「……え」
自分の血かとも思った。だが、どうだろうか。リアレスは痛みを感じていない。
自分の身体が何ともないことを確認して、もう一度前を見ると、赤い。
身体にまとわりつくように何かがリアレスを襲う。
ごくりと唾を飲み込むとなぜか鉄の味がする。リアレスは恐る恐る顔を手で触ってみるとぬるっとした感覚が伝わってきた。
びっくりして手を離し、よく見ると、赤い。
「……リトラス!!」
ジェルドの声が響いた時、ようやくリアレスは目の前に、赤だけでなく、見慣れた姿があることに気がついた。
赤色に浮かぶ小さな身体にリアレスは悲鳴を上げる。
「う、うわぁあああああ!!」
這いつくばって、赤い血溜まりの真ん中にいるリトラスを目指す。
必死に揺さぶってみるが、だらんと力無く倒れているだけだった。パニックになり、リアレスはリトラスを抱きかかえる。微かに伝わる心臓の鼓動にすがりついた。
「くそっ……!」
ジェルドは床に落ちていた剣を拾い上げ、双子の背後にいた賊に投げつける。右肩に命中し、賊は後ろに倒れていった。
ジェルドは今すぐにでも駆けつけたかったが、目の前にいるメリケンが行く手を塞いでしまっている。
じりりと剣を構えメリケンと対峙するがどうしても双子に気を取られていた。
「おい。生死は問わんが、あまり傷つけてくれるな。大事な実験の協力者なのだぞ」
安全な所にいるファスタシアは不機嫌そうに話す。その言葉に賊も仕方なしに攻撃の手をゆるめ、リトラスを連れて行こうと歩み寄る。
それを許さないのがジェルドだ。
メリケンとの睨み合いから、剣と剣をぶつけているが、メリケンの隙をついて賊を倒していく。
「体力も後、僅かだ。戦力を失うのは惜しい。いい加減リトラスを渡せ」
「……大事な息子をはいどーぞ、なんて出来るわけないですよ。それが家族を守る父親の務めです」
「お前は守れない」
「いいや、守って見せます!!」
ジェルドは床を蹴り、メリケンへ、上段から攻撃を仕掛ける。今までとは重さの違う一太刀にメリケンは態勢を崩した。
ジェルドはそれを見逃さず、弾くとすぐさま回し蹴りをお見舞いする。メリケンはふらつき、そのまま床に手を着いた。
「リトラス、リアレス」
「父さん……リトラスが、リトラスがっ!!」
双子の元に駆け寄り、ジェルドはリトラスの様子をうかがう。
呼吸は浅く、心臓の鼓動も明らかに弱くなっていた。リアレスを庇って受けた傷による出血が酷いのだ。
「ジェルド。私が見ているわ」
ふわりと後ろから包まれたジェルドは振り返り、抱きしめ返した。
「目が覚めて良かった。ルーセ、子供たちを頼んだ」
「ええ」
ルーセは自身の服を破き、リトラスの止血にあたる。
ジェルドは3人を背にゆっくりと立ち上がった。
「リトラスを早く渡せ。そうすればリトラスも助かり、お前たちも助かる。これ以上の選択肢がどこにある? ジェルド。お前はもっと賢い騎士団長だと思っているのだが」
「断ります。リトラスは渡せない」
大きな溜め息がその場に響く。
ファスタシアはメリケンに目配せした。
「残念だ」
間合いを一気に詰めたメリケンと剣を交え、キンと金属音が鳴る。
どちらも引かず、剣はびくとも動かない。
「弟子として誇りに思う」
「ありがたきお言葉ですねっ」
額に汗を浮かばせながら、ジェルドはニヤリと笑う。
「それが、気に食わんっ!!」
「……なっ」
メリケンは右腕一本で剣を握り、左手は隠し持っていた短剣を抜いていた。
一瞬とはいえ右腕一本で抑えるその力に、ジェルドは化け物かと思う。
「がっ」
思った瞬間、短剣はジェルドの心臓に突き立てられた。
「おらぁっ!」
歯を食いしばったジェルドは剣を乱暴に振り、それはメリケンの胸を切り裂く。
しかし、それは深手には至らず、メリケンは顔をしかめるだけに終わった。
ドサッと倒れていったジェルドにルーセは目を見開く。
「ジェ、ジェルド……!!」
リアレスも視線を向けるが、言葉がでない。
「盾も矛もない」
メリケンは右腕で剣を振るう。
舞うのは赤い、赤い花ばかり。
恐怖で動けず、リトラスが賊に抱え上げられるのをただ、見ることしかリアレスには出来なかった。
ルーセから流れる血とジェルドから流れる血、そうして出来る血の海にリアレスの意識は沈んでいきそうになる。
「あと家の物は好きにして良い。持っていける物は持って行け。最後に火を放つのを忘れるなよ」
ファスタシアとメリケン、そして、リトラスは外の闇へと消えていく。
「……ちくしょう」
リアレスは歯を食いしばり、消えていく後ろ姿を睨む。
その右目は金色の鋭い光を放ちながら。




