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Mad Clown  作者: 彼方わた雨
chapter 2 ~少年~
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-08:少年の誤算-

「──だから、僕の為に売られてよ」


  辺りは明るかったはずなのに、少年がそう言った瞬間、暗く、冷たい空気が充満した。少年はすぐさまルーナに一発お見舞いし、ルーナは低く唸ってその場に倒れた。

 リースは少年を目で追ったが、森の木々に阻まれてよく見えなかった。かさかさと不気味に鳴り響き、嘲笑っているかのように木々が揺れる。


 とりあえず、ルーナに駆け寄ったリースは抱きかかえ、気を失っている事だけを確認した。その所為で、背後にいた気配に気が付くのが遅れてしまった。


「……残念、バイバイ、お兄さん」


 リースに影が落ちた。



―08:少年の誤算



 少年は倒れた2人を見ながら、その場にドサッと座り込んだ。手に握っていた太い木の棒がひどく重く感じられた。その手はじんじんとして痛い。

 木の棒から手を離して、その掌を見る。真っ赤になったその手は、小さく、小刻みに震えていた。


 ひんやりとしていた空気が太陽の光が差し込んでくるにつれ、元に戻りつつあった。少年は木陰に座り込んでいたが、掌をギュッと握ると、立ち上がった。

 草むらの影にかくしておいていた麻布を取り出し、2人にゆっくりと近づく。


「……ごめん」


 2人は広げられた布に覆われ、見えなくなってしまう。そのはずだったが、その布が少年の手から奪い取られた。


「謝るくらいなら、こんな事すんなよ」


 奪い取られた拍子に、少年はバランスを崩し、前のめりになる。そして、そのまま体制を保っておく事が出来ず、前に倒れた。少年の掌が、膝が鈍く痛みだした。


 ガサッと、少年の近くで音がした。明るかった少年の目の前が暗くなった。少年は恐る恐る前を向く。


 ナイフを向け、冷たい目で見下ろしているリースの姿が目に移った。少年は見る見るうちに震えだし、目を見開いてリースを見上げていた。

 少年は、なんの感情も読み取れない、リースの紅い瞳から目を背けられなかった。


「お前がやったことはこういう事だ。やり返される覚悟があったんだろう?」


 きらりと光る、ナイフの刃先が少年には迫ってくるように見えた。

 声を出そうと、口を開いてみたが、川にいる魚のように口をパクパクとしかできなかった。その様子を見て、リースは鼻で笑った。


「所詮、ガキか」


 リースはしゃがみこんで、少年と同じ目線になった。変わらず、ナイフは少年に向けられている。少年の頭のなかは警戒音が鳴り響いていた。


「……ったたぁ~。って、リース! 何しているの!?」


 リースの背後で騒ぎ始めたルーナに、リースはため息を吐いた。その表情は少年に見せていた表情等は違い、感情が読み取れるような瞳をしていた。それを見て、少年の震えは少し収まった。

 ルーナはリースが仕舞うナイフを見ながら、疑わしげな眼をリースに向けていた。


「俺が、助けたのですが?」

「子供に刃物向けるなんて」

「子供だと思ってたら、立派な人攫い。そうなった時点で正当防衛は成立する」


 リースの言葉にルーナは返す言葉がなかった。実際、2人が攫われそうになったことは確かであり、それを防ぐためには、子供にでさえそうしなければいけない。そうでなければ、自分たちの身が危ないからだ。そんな事は、ルーナにも分かってはいた。しかし、彼女はどうも納得できなかったのだ。


 ルーナはリースの横を通り過ぎ、しゃがんで少年を覗き込んだ。一瞬びくっと震えた少年を見て、ルーナは手を差し出した。


「理由が、あるのでしょう?」


 少年の頬に一筋の涙が伝った。


 ルーナは優しく微笑みかけ続けた。




 少年はしばらく泣き、それをルーナはなだめていた。リースはその様子を気にもたれかかり、面倒くさそうに眺めていた。

 少年は落ち着くと、ぽつり、ぽつりと話し始めた。


「……こんな事、僕だってしたくなかったんだ」


 案内の為に先導していた時とは違い、か弱い声でそう言った。


「ねぇ、名は、何というの?」

「アエル……っ……」


 少年―アエルはそのまま続けて何か言おうとしていたが、口をつぐんだ。そして、アエルはルーナから目を逸らし、きょろきょろと落ち着きがなかった。その様子が気になり、持たれていた木から離れ、少年に近づいた。

 ルーナの横に来て、座っているアエルを見下ろした。


「言えないような姓なのか、アエル」


 先ほどの事があってか、アエルはリースが近づくとびくりと震え、警戒した。近づくな、と言わんばかりの空気がアエルを包んでいた。


「リース、怖い」

「あんな目に遭っておきながら、よくこいつの肩を持つな」

「怖がって震える子とリース、どっちを庇うかなんて決まっているじゃない」


 リースは頭を抱えた。

 子供とはいえ、先ほど気絶させられたのは事実なはずなのに。ルーナは危機感を全く持っていなかった。リースは心底、ルーナの1人旅は危険だったと思い知った。


「……で、いつまでだんまりする気だ?」

「……ドル」


 か細い声が聞こえた。


「……は?」





「僕は、アエル・フェザリードルだ」







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