-78:オウカコ9-
リトラスは双子の弟が羨ましかった。
毎朝元気に家を出て剣の稽古を付けてもらうリアレスと母と留守番をして、一日中ベッドにいることが多いリトラス。
身体が弱いため、無茶を言えないのは仕方がない。仕方がないことなのだが、どうしても自分の弱さに辛くなった。
「……うっ」
胸が苦しくなり、ベッドの横に置いてあったコップに手を伸ばす。
水を飲もうとすると、水面に写った自分の姿に驚いて、鏡の前に這っていく。コップに構っていることが出来ず、床に落ちて粉々になった。入っていた水がいかにシミを作る。じわじわと広がっていくシミはリトラスの足元を濡らした。
「……リトラス!?」
ガラスが割れた音に、慌ててルーセがやってきた。
そして、鏡の前で呆然と立ち尽くすリトラスを見て眉をひそめる。何をしているのかと、ゆっくりと近づいたルーセは我が子の姿を見て息をのんだ。
「リトラス、その目、どうしたの……?」
「わかんない」
困惑が浮かぶ表情のリトラスはいつもと違う。
左目は紅くなく、朝日のように金色に輝いていたのだ。
「……そんな、どうして、この子に」
「お母さん、これは何?」
不安そうな声で尋ねたが、返事はいっこうに返ってこない。
リトラスはもう一度口を開こうとしたが、悲しげな母親の表情に何もいえなくなってしまった。
「リトラス、とりあえずベッドに」
リトラスは促されるままベッドに入った。
そして、ルーセは優しく頭をなでると、部屋から出て行ってしまった。
扉を背に、ルーセはゆらゆらと地面にへたり込む。金色瞳を思い出すだけで、背筋が凍った。
「どうして、何で今更……。あの子は、どうして……」
自身を掻き抱き、その場から動けなかった。
「……ルーセ、どうした? リトラスは大丈夫か? リアレスが気にしていてな、俺だけ戻ってきたのだが」
そこにやってきたのは朝稽古をアズウェルに任せて早々に戻ってきたジェルドだった。
リトラスの部屋の前でしゃがみこむルーセに近づき、跪いて様子をうかがう。
「ジェルドっ……!」
顔を上げたルーセの瞳からこぼれる涙にジェルドはぎょっとする。
「何が? まさか、リトラスになにか」
ジェルドは慌てて立ち上がり扉を開けて中に入っていこうとするが、ルーセはその腕を掴み引き留める。
涙で潤んだまっすぐに見つめてくる瞳にジェルドは動けない。
「話を聞く。こっちで話そう」
支えられてルーセはソファに座らされた。
ジェルドはキッチンからコップに水を入れ、ルーセの前に差し出す。両手でそれを受け取り、ルーセは一口飲み、深く息を吐き出した。
「ジェルド、あの子は、力を……」
「まさか、本当に?」
「……ええ、左目が金色で」
「え? 金色!?」
好奇心あふれた声が家に響いた。
いつの間にかリアレスとアズウェルが戻ってきており、リアレスは聞こえてきた金色という言葉に反応して無邪気な表情を浮かべている。
アズウェルは何となくその場の空気を読んだが、今更リアレスを止められなかった。
「……すいません。戻って参りました」
「……いや、いい。……ルーセその話はまた後だ。今は朝食を頼む」
「はい」
そろりとルーセは立ち上がり、少し心もとなくキッチンへ向かって行った。
「父さんと母さん何の話していたんだ?」
「ん? お前には秘密だよ。ひ・み・つ」
「ちぇー。……あ、それより、リトラスは大丈夫だった?」
「ん? ああ、ちょっとあったようだが今は落ち着いているよ」
「そっか、良かった」
アズウェルはこの時明るく振る舞っていたジェルドの表情がごまかしきれていないことに気がついた。何かあったのは確かであったが、それを尋ねて良いものなのかと考える。
それに、聞いてしまうのが、何となく怖かった。
そして、リアレスも双子の兄の様子がおかしいことに気がつき始める。
リトラスが身体が弱いとなってから、双子は別々の部屋で寝るようになっている。リトラスはダイニングの近くに部屋は置かれ、何があってもすぐルーセが気がつくようにだ。
ある朝、リトラスを起こしに行ったリアレスは花瓶の花に何気なく目を向けた。
確か、1ヶ月前くらいから変わっていない花にリアレスは幼いながらに不信感がつのる。
「リトラス……何の病気なの……?」
「……僕だってわからない」
リアレスは聞かずにはいられず、布団をかぶる背中に問いかけた。
その問いに答えた声があり、起きているとは思わなかった為、驚いて一歩下がる。
「起きてたなら言いなよ」
「リアレス。僕は、一体どうなると思う……?」
起き上がってリアレスを見つめた瞳は助けを求めていた。
「……リトラス、その目」
「僕は、わからないんだ……!」
左右の違う瞳からポロポロと涙がこぼれていく。
リアレスはその金色を見ておとぎ話を思い出していた。
──女神アルセアは太陽のように輝く瞳と髪の毛を持っていました。だから、女神の力を受け継ぐ者は金色の太陽の瞳を持っているのです。
まさか、と思いリアレスは慌てて外に飛び出した。息を切らせながら、地面を見渡し、あるものを探す。
キョロキョロと見渡し、それを見つけると、急いで掴み取った。
「リトラス、これを」
息も整わないまま、リトラスの手に押し込める。
まだ泣いていたリトラスは訳が分からなかったが、されるがままに手のひらの中に何かを入れられた。
「リアレス、リトラスの身体に響くからバタバタしないの」
「……やっぱりだ」
リトラスの手の中で先程まで枯れかけていた花が、瑞々しく咲き誇った。
ルーセはリアレスを注意しに来たが、その様子を見て息が詰まりそうだ。
「……リトラスは女神様に選ばれたんだよ! これはその力さ!」
手のひらの中にある花を見てリアレスは嬉しそうに言う。
「すごい、事なの?」
「そうに決まってる!」
興奮して言うリアレスにリトラスも何だか誇らしくなってきて、うじうじしているのが勿体ないように思えてきた。
しかし、ルーセの表情は未だ硬いままだ。
「母さん……?」
「リアレス。これは誰にも言ってはいけません。良いですか?」
「で、でも──」
「お願い」
いつになく真剣な表情で言うルーセにリアレスも頷くしかなかった。
そして、女神に選ばれたというのに、なぜこんなにリトラスが苦しんでいるのか、リアレスはますます分からなくなった。




