-77:オウカコ8-
「ただいま戻りま──」
「兄貴!」
「ぐえっ」
突然飛んできたものに立っていられず、アズウェルは後ろに倒れる。不意打ちされ、しかも、みっともなく扉近くで倒れてしまった。
一方、不意打ちをした方はアズウェルの上で得意げな表情をしている。
その表情にはじめは腹立たしさが募るが、段々と諦めがついてきた。今回ばかりではなく、割といつもそうなってしまう。
「リアレス、何の用だ。……全く、人にアタックしてくるなんて」
「兄貴が帰ってきたと思ったからな! なあ、稽古して!」
ジェルドと同じ紅い瞳を輝かせながら、見つめてくる。
アズウェルは頼む相手の上に乗ったまま、頼みごとをするのはどうかと思った。甘やかし過ぎなのではないかと考えたが、そうでもない。もしや、自分がなめられているだけかも知れないと少し不安になった。兄貴、兄貴と呼ぶ割にそれはどうなのかと思うが、兄貴らしい態度をとっている自分がいたかどうか頭の中で探してみる。
双子がアズウェルを兄貴と呼ぶのは昔からで、兄貴イコールカッコいい、から使ってみたい言葉になり、丁度いた年上のアズウェルをそう呼び始めた。ジェルドの兄弟子であるということも一応は含まれている。
「リアレス、人にものを頼む態度が悪い。どきなさい」
「ごめんよ、兄貴」
静かに人の上から降りると、申し訳なさそうな顔をする。一応は悪いことをしたと、自覚があるらしい。
埃を払いながら立ち上がり、リアレスと同じ目線になるようにする。
「で、何だって?」
「俺に、稽古して欲しいんだ」
今朝の一件は勢いで言っただけではないらしい。リアレスの真剣な眼差しがその証拠だ。
幼いながらに剣を持ちたいと願う純粋な心にアズウェルはやれやれと思うのだった。
「仕方がないな……」
「やったぜ!」
とびきりの笑顔にアズウェルは頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
リアレスは頭を振ってその手をかわそうとしたが、アズウェルの手は止まることない。
そんなリアレスを面白く思い、自分がこうされている時、師匠はこんな気持ちなのだとアズウェルは知る。
「兄貴も父さんみたいだ」
「師匠の癖が移ったかな……おりゃっ」
アズウェルは今度両手を使ってリアレスの頭をぐしゃぐしゃとする。
リアレスは素早くかわして、仕返しとばかりにアズウェルの頭へ手を伸ばすが、届かない。
「リアレスはまだ小さいからな」
「そのうち、兄貴追い越してやるんだ……! 早く、稽古!」
「はいはい」
扉の近くにある戸棚から、アズウェルが小さいときに使っていた木刀を取り出し、リアレスに渡した。
するとパタパタ中からルーセが現れる。
「2人ともいつまで扉の前にいるつもりなの?」
「ルーセさん。すいません、今からリアレスとちょっと剣の稽古してきます」
外はギリギリ明るく、すぐに暗くなってしまいそうだった。
ルーセは心配をしたが、アズウェルはそれに笑顔で返す。
「大丈夫です。暗くなる前に帰りますから」
「……気を付けなさいね。帰ってきたら夕飯をきちんと食べるのよ」
気がつくと家の奥からはいい匂いが漂っていた。アズウェルはその香りに行こうと思っていた気持ちが揺らぎそうになる。
「兄貴ぃ」
「分かったよ。……じゃあ、すいません。行ってきます」
「あとでね、母さん!」
ぱたんと扉が閉まる。
ルーセは騎士の家に生まれた運命なのかと仕方がなく、2人の帰りをおいしい夕食で迎えられるようにすることにした。
アズウェルたちは家から少し離れた廃屋にやってきた。リアレスはどこか見たことがあると、その理由を考える。
「この家って立派だよね。草ぼーぼーだけど」
「……そうだな」
はっと思い出し、リアレスは昼間ルーセが見つめていた家だったことに気がつく。何か関係あるのかと聞こうとしたが、アズウェルが構えたため、後回しになった。
「てやっ」
一撃振りかざし、それを受け止める。一撃の重さはジェルドに比べたら何ともないが、それでもさすがトランの息子なだけはあってそこら辺の7歳児より筋は良い。
アズウェルは次々繰り出される攻撃を受け流していった。
リアレスは余裕で受け流していかれることにムキになって力を段々と込めていく。
「あんまり、力を入れすぎると体力の消耗が激しくなるぞ」
「……だって、全然、兄貴に、きいてない!」
さすがにアズウェルも幼いリアレスの剣による攻撃で倒れるわけにはいかない。
歳が離れて、力の差があるとはいえ、アズウェルにもプライドがあるため、簡単に手を抜いてやれないのだ。
「くっそう……!」
リアレスは一旦アズウェルと距離を置いて、動きを見定めている。
その姿はもう一人前の騎士のようだ。
「リアレス、相手を見るときはもっと鋭い眼差しを向けろ」
「……っ」
ギロリと睨んだその瞳が、アズウェルには良く知った人物と重なる。
一瞬気を取られたアズウェルにリアレスはすかさず一撃おみまいしようと、距離を詰めた。
「はい、そこまで」
「うわっ、離せよ! 今良いところだったんだから!」
一撃はアズウェルの目の前まできたが、届かなかった。一撃を繰り出した本人が、ジェルドに抱えられてしまったからだ。
宙に浮いた足をばたばたさせながらリアレスは抵抗する。だが、日々鍛えているジェルドの腕はその反撃をものともせず、がっちりと押さえていた。
「暗くなってきたぞ。そろそろ家に帰るんだ。……アズウェル、お前がしっかりしなさい」
「……分かりました」
ジェルドが止めていなくても、自分はリアレスのあの一撃に対応できていたのだろうかとアズウェルは思う。出来ないわけがない。出来なければいけない。何度も心の中でつぶやいた。
「ちぇっ」
「リアレス、お前もアズウェルの優しさにつけ込むな。ほら、自分で立って」
地面に降ろされたリアレスは口をとがらせて木刀を握りしめたまま歩いていく。
アズウェルとジェルドもしょんぼりした背中を追うように家への帰り道を行く。
「……良く、お前はここで剣を振っているのか」
「……はい。……父さんたちにもここなら見えると思っているので」
「そうか」
廃屋となっていたのは元はといえばスラクスの家だった。
バグライドを治める家であるため、トランの家と負けず劣らず立派だ。しかし、住む人をなくしてしまえば、荒れていく。
「明日ちゃんとリアレスにも剣を教えてあげて下さいね。きっと良い騎士になります」
「早起きさえしてくれれば考えたやることもない」
次の日の朝、寝坊すると決め込んでいたジェルドを起こしに来たのはリアレスだった。
ジェルドは驚きと愛らしさにリアレスの頭を撫る。
ルーセはジェルドを起こして戻ってきたリアレスの頭を見て、笑った。
「ふふ。リアレスも今起きたかのようね」
「あはは。変だねリアレス」
「母さんもリトラスもうるさい」
こうして毎日の朝稽古にリアレスが加わった。




