-76:オウカコ7-
聖都クリスタスの南西に位置するバグライド。まだこの村が村として地図に載っていた頃。
この村はトラン家とスラクス家が治めている村だ。現在はトラン家だけになってしまったが。
トラン家もスラクス家も騎士の名家であり、特にトラン家は過去何人も騎士団長を輩出した家だった。
若くして前騎士団長からその責を引き継いだのはジェルド・トランであった。
「では、行ってくる」
「お気をつけて」
「「いってらっしゃーい!!」」
ジェルドは目の前で満面の笑みを浮かべる妻と双子の子どもたちを見て、毎朝泣きそうになるのだ。
「ルーセ、リトラス、リアレス……愛している!!」
一歩踏み出したのにもかかわらず、引き返して3人をひしと抱きしめるのがジェルドの日課のようになってしまった。
「早く帰れるようにするからね!!」
「あなた、嬉しいのだけれど早くしないと……」
「子供たちが居るから仕方がないが、昔みたいにルーセと城でバッタリ会いたいものだ……。それに子供たちにもバッタリ……。そうだ、ルーセ城にもう一度使える気は──」
「ないです。早く行かないと遅れますよ」
ジェルドの妻、ルーセは嬉しそうにしながらも苦笑いだ。そして、2人の子どもである双子のリトラスとリアレスも呆れ顔だった。
毎朝のこととなるといくら尊敬する父と言えども、呆れてしまうのは仕方ないと双子は思う。
「分かった」
ジェルドは3人を放すとものすごい勢いで走っていったのであった。ちなみに、走っていくのは振り返ると帰りたくなるからである。
その光景はこの村の日常となっていた。
「父さん今日も元気だね」
「お父さんが元気なのは良いことだよ」
双子は走り去る父をみてクスクスと笑いあっている。リアレスが呆れ気味に言うと、リトラスは苦笑いで言ったのだった。
「母さん、そういえば兄貴は?」
「ん? アズウェルならもう騎士団に行ったわよ」
「いーなー。俺も早く騎士団に入りたい。リトラスもそう思うよな?」
リアレスが横にいるリトラスに目を向けると、リトラスは困ったように笑った。
「僕もなれたらいいけど、体弱いし……」
「大丈夫だよ。きっと今は鍛え方が足りないんだ」
リアレスはそう言いながら、力こぶをつくって見せた。まだ7歳になったばかりの小さい腕には力こぶと言っていいほど筋肉は付いていない。
その様子を見ていたルーセは微笑んだ。しかし、ルーセは心配であった。リアレスの双子の兄であるリトラスは体が弱く、すぐに寝込んでしまうのだ。年を追うごとに悪化していき、ルーセもジェルドも心配していた。
医者に診せてはいるのだが、全く原因が掴めないでいる。双子の弟リアレスは元気である為にお腹の中で何かあったとは考えにくいのも頭を悩ませる1つになっていた。
「さ、リトラスは少し休みましょうか。リアレス、一緒に畑へ行きましょう。手伝って欲しいわ」
「任せておきなよ母さん」
リアレスは嫌な顔せず、ルーセの頼みに笑顔で応えた。
「ありがとう。リトラス、何かあったら鳩を飛ばすのよ?」
「はい。お母さん」
「大丈夫。何かあったら俺が分かるよ」
リアレスは得意気にこう話す。双子だけの何かがあるらしく、リトラスが具合悪そうになるとリアレスは離れていてもすぐに気がつくのだ。
心配させないようにと無意識に思っているのか笑顔の2人をぎゅっと抱きしめた。ルーセに包まれているのはルーセの愛した人と同じ黒髪と紅い瞳の双子。
腕の力をゆるめ、大きく輝く紅い瞳を見る。ルーセその瞳が大好きだった。
「母さん俺たちを毎日抱きしめてくれるけど、どうして?」
ふと、リアレスは疑問を口にする。子どものリアレスには分からないことであった。
「あなたたちが大好きで、大好きで仕方がないのよ」
「……そっか。だから母さんいつも笑顔なんだね」
そう言うと、リアレスとリトラスは顔を見合わせルーセに飛びつくようにして抱きしめた。
「えへへ、お母さん、お返し」
「俺らも同じ」
ルーセは始め驚いたが、段々とジェルドに似てきた気がして、笑い声を抑えられず、クスクスと笑ってしまう。
双子は不思議そうにルーセを見つめる。それがまた可愛らしくて、面白くて笑いが止まらなかった。
「お母さん?」
「母さん?」
「ごめんね。すっかりお父さんに似てきたわね」
双子はどこが似てきたのかいまいち理解できず、顔を見合わせていることしかできなかった。
「うふふ。この話はお父さんに内緒よ」
「秘密秘密!」
「リアレス、喋っちゃだめだよ」
内緒という言葉にリアレスは何だか楽しくなりはしゃいでいると、リトラスは兄らしく咎めるような口調で話した。
双子とはいえども、弟のリアレス活発で気が強く、兄のリトラスは温厚で穏やかだ。リアレスはジェルドに、リトラスはルーセに性格が似たようだった。しかし、どちらも兄弟思いで、優しさも持ち合わせているため滅多に喧嘩することはない。リトラスの身体があまり良くないということも関係しているのだが、それがあってもなくても喧嘩は少ないだろう。
「母さん! この雑草取ればいい?」
「ええ、リアレスはそういう草を取っていて」
「はーい」
家の裏にある畑でリアレスはせっせと雑草を抜き始めた。バグライドは村ということもあり、面積が小さい。その中で暮らすのはトランとスラクス以外では数軒だけだった。
「……」
「どうしたの? 母さん」
手が止まって、ぼーっと一点を見つめるルーセの姿にリアレスは心配になる。
ルーセははっとなって笑顔になった。
「いいえ、ごめんね」
「そう?」
リアレスはちらりとルーセが見ていた方を見た。
視線の先にあるのは草がぼうぼうで人の気配を感じられない一件の家だった。周りと比べるとわりと大きな家で、見た目もどことなくしっかりしているようにリアレスには見える。
リアレスは首を傾げ、考えていても分からないと思い、再び手を動かした。
バグライド村では農作が主で、穏やかな雰囲気が村全体を包んでいる。人もその影響か穏やかな人が多かった。
だからこの村がリアレスは大好きだった。




