-73:オウカコ4-
王妃は外を見つめていた。結婚を迫られたとき、王妃として誰を選ぶのが相応しいか、考え、選んだ。ファスタシアも国民の中で名前が挙げられたことを王妃は知っている。しかし、選ばなかった。それは正しいと王妃は思う。アルセア・帝国戦争の時は幼く、はっきりとした記憶はないが、聞いた話ではファスタシアを選ぶことなど考えられなかった。
そして、何より、戦争の話を聞くと自身の父を心底憎く思うのだ。憎く思うだけではなく、それ以上に哀しく思うのも確かであった。
「……うっ」
窓の外を見つめていた王妃に突然の吐き気が襲う。初めての感覚に戸惑い、さらに腹部から感じる強い何かに、怖くなった。
王妃は手で口を抑えながら洗面台に駆けていく。深呼吸をしながら、気持ちを整えた。
落ち着いてきた王妃はそっと自身の腹部に手を当てる。手から伝わるのは強い力のようなものだった。王妃は目を見開きその力が自身にもあることに気がつく。
「まさか……。早く、知らせないと……!」
王妃は急いでメイドに医者と王を呼ぶように伝え、さらにこのことは内密にするように言った。
医者の次に部屋にやってきた王は心配そうに王妃の傍に寄り添う。
ベッドの上に横になり、上半身を起こしていた王妃は王を見てほっとした表情になった。
「何があった」
「……」
王妃は傍に控えていた医者に視線を送った。
「陛下おめでとうございます」
王は動きが一瞬止まり、かくかくとぎこちなく首を動かして王妃を見た。
王妃はただ頷き何も言わなかったが、それだけで王が理解するのは十分だ。
「……そ、そうか! これはすぐに知らせを──」
「待って下さい!」
部屋を飛び出していこうとする王を王妃は引き止めた。引き止める言葉は普段の王妃から考えられないほど強いもので王の動きは一瞬にして止められる。
「……この子は強い力の〈神仕え〉です。ですから、これを知られてしまえば、あの方は、またよからぬ考えを持つのではないですか? 私はそれが心配なのです。ただでさえ打ち切られた実験なのです。ファスタシア殿は実験に未練があると聞きます。ですから、どうか、どうかこの子のことは」
王妃はそこまで言うと涙を流し始めた。王はぎょっとし、王妃の傍に戻る。
王は王妃をなだめるために背中をさすった。
「……私に姉がいるのはご存じですか?」
落ち着き始めた王妃は王に尋ねた。さすっていた手が止まったことに王妃は気がつき、じっと見つめる。
「ご存じなのですね……。前王の過ちによってメイドとの間に出来た姉を私も知っています。前王が入れ込んでいたあの実験のせいです。私は、私は恐ろしいのです。また、繰り返されるのが……。これだけ強い力を感じるのです。知られてはいけない……!」
王妃は王の手を取り、懇願した。握りしめる手は震え、落ち着いたはずだったが、また涙があふれそうなっていた。
「……分かった。お前がそこまで言うのだ、夫である私が聞かないわけがない」
王はきっぱりと言い、医者に目を向ける。
「これは他言無用だ。言えば重罪とする。誰かに言わねばいけない時は私に許可を取ってからだ。勝手は許さん。特に〈アルセア〉の関係者には漏らすな」
「しょ、承知いたしました……!」
王は王妃が懐妊したことを必要最低限の人数にしか知らせなかった。
王妃は見た目で分かってしまうまで普通に過ごし、その後は病気療養とし、部屋に引きこもる生活を選んだ。
厳しい箝口令をしいたおかげか、王妃懐妊を知る者は両手で事足りるだけしかいなかった。




