-66:追う過去4-
聖都クリスタス中央にそびえる、クリスタス城。王族であるクリスタス家の住まいでもある。街並みと同様に白を基調としており、日差しが照らすと眩しさが増す。
その中へ3人はずんずんと入っていった。レーラー・レインがアルセア・帝国戦争での和平条約締結の功労者であることは大きい。城にはいるのも待たされはしなかった。
大きな、赤い扉の前に立ち、ルーナは息をのむ。今から会うのは一国の王。しかも、それだけではなく、ルーナの父親である人間がいる。ルーナは考えるだけで心臓がどくどくと脈打った。
「ルーナ」
ルーナの横に立つリヒトはすっかりファルシュという仮の姿ではなく、ウロストセリア帝国第二皇子の姿になっていた。リヒトはゆっくりと開かれる扉を真っ直ぐに見つめている。
「君は何をしにここまで来たんだ」
問われて、ルーナは一瞬世界から音が消えたように思えた。ルーナは心臓が掴まれたような、そんな錯覚をする。
「私は……」
何をしに来たのか、それはルーナにとって答えはでている問いだ。息を吐き、心を落ち着かせてルーナはリヒトに習い、真っ直ぐと前を向いた。開かれる扉からこぼれる光に目を瞑らないよう、手を握りしめた。
真ん中に引かれているのは汚れのない真っ赤な絨毯だった。その真っ赤な道の先に段があり、数十段上に玉座が据えられている。座っているのは灰色の髪の毛にきらきら光るこの国の頂点を表す冠がのせられていた。王は何事もなくそれをのせているが、ルーナにはとても軽いものには見えなかった。込められている思いも責任も他人からは計り知れない。
王はそれほど年老いている様には見えなかった。ただ、灰色の髪の毛のせいか少し老けて見える。リヒトは想像と違い、少し驚いていた。
離れていては話も出来ないため3人は王の元へ近づいていく。少し見上げるくらいのところまで来ると王の表情がはっきりと伺えた。王はルーナたちを見て微笑んだ。
「突然の謁見、許していただきありがとうございます。私はウロストセリア帝国第二皇子、リヒト・ウロスタリアです。この度のアルセア・帝国戦争和平条約締結5周年記念式典での件について、早急にアルセア国王様にお伝えせねばならぬ事があります」
「そうだな。私はその式典で第二皇子は亡くなられたと聞いていた。しかし、ここに姿を見せた。まず、そなたは本物か?」
微笑みから一変王は真剣な表情になり、リヒトに鋭い視線を向ける。
リヒトは一つ、息を吐くと胸元からペンダントを取り出し、刃に変えて見せた。衛兵がそれを見てすぐさまリヒトに剣を向けようとしたが、王は手をかざし、動きを止める。
「これは我が国に受け継がれてきたものです。勿論皇族しか扱えぬ品になっております」
「間違えありません。私が証人となりましょう」
「……左様か。レーラー殿がそういうのであれば。疑ってすまなかったな」
空気が和らぎ、王の瞳にも力強さがなくなる。ルーナは何もしていなはずだったが、ようやく上手く呼吸できるようになった。
リヒトは刃を元のペンダントに戻し、首にかける。ペンダントがリヒトの胸元できらりと光っていた。
「リヒト皇子ご無事で何より」
「ありがとうございます。……元はといえばウロストセリア帝国の内輪もめなのです。それにアルセア国は巻き込まれ、利用された。本当に申し訳なく思っております」
「いや、こちらも警備が甘かった。国賓を守りきれなかった我々にも落ち度はある」
王はリヒトに頭を下げる。いくら悪いと言われても、相手が一国の王であるため、リヒトは慌てて顔を上げるように願い出た。王はリヒトのあわてる様子を見て、苦笑いする。
「お言葉に甘えるとしよう。リヒト皇子早速だが、ウロストセリア帝国に知らせを出したい。あなたが生きていること、そして、真実を」
「分かりました。私を信じて下さる兄、ゾーネ第一皇子に鳩を飛ばします」
「では。……トラップ! リヒト皇子とレーラー殿を案内せよ。私も後で向かう」
王が呼ぶと現れたのは髪をオールバックにし、まとめた姿の男だった。オレンジ色の瞳がちらりとルーナをとらえる。ルーナはどこか不思議な感じがしたが、男はすぐに視線を逸らし、リヒトたちを連れてどこかへ行ってしまった。
残されたのはルーナと王の2人だけ。周りに衛兵等もいるが、気配がほぼ無いため、2人きりと言ってもおかしくはないだろう。リヒトたちが出て行く扉の閉まる音に寂しさを感じながらルーナは息を吐いた。
「……ルーナ・スタートルテ、だね?」
沈黙を破ったのは王だった。
緊張と不安とで言葉を発せられなかったルーナに王は優しく語りかけるように名を呼んだ。ルーナ反射的に顔を上げる。視線の先にあったのは、一国の王というよりはただの優しげな紳士の表情だった。
ルーナはそこで考える。自分は王の前で名乗ったのだろうかと。勿論、ルーナは王の前でまだ一言も発せずにいた。
「な、なぜ、私の名を……?」
ルーナの中にこの問いの答えであろう言葉は頭の片隅にあった。その答えはおぼろげで、はっきりとはしていないが、ルーナの中に可能性として存在している。
「私があなたの父親だから、といって信じてもらえるだろうか?」
少し困ったような、悲しげなような表情の王を見て、ルーナは目を見開く。どくどくと心臓は脈打ち、喉がからからになっていった。思わず胸の前で両の手を握り締める。
王はゆっくりと立ち上がり、ルーナに歩み寄った。階段を降りて、近づけば近づくほどルーナは手を握り締める。
「……ルーナ、今まですまなかったな」
「……本当に、私は、国王様の、あなたの娘なのですか?」
王は優しく微笑みながら頷いた。
ルーナ呆然と立ち尽くし、自分の頬に何かが伝う感覚で現実に引き戻されていく。
「今はここまでにしよう。明日ゆっくり話すから今日は部屋でお休み」
「……はい」
王に呼ばれたメイドがルーナに付き添い、部屋へと案内した。王はふわふわと歩くルーナの姿を後ろで見守る。
「王妃様に似て可愛らしい方ですね」
いつの間にか王の隣にはオレンジ色の瞳を持つ男が立っていた。しかし、特に驚きもせず、王は再び椅子に深く腰掛ける。
「ここまで娘を無事にありがとう。トイズ家に頼んで正解だった」
「少し遅くなってしまったのは申し訳なく思っていますので、礼を言っていただく必要はありませんよ、国王陛下。それに、私はほとんど何もしていないようなものなのです」
王が素直に礼を述べると、男は手をひらひらさせながら肩をすくめた。男は男でトイズ家として有益な話だったからこそ受けたことで、礼を言われるのは違うのだと思っている。いわゆる、ギブアンドテイクだと考えていたのだ。
「それでも良い。協力した者には後で直接──」
「いえ、私から礼なりなんなりをしますので、ご安心を。彼らは少々恥ずかしがり屋なのです。滅多に人前に本性を、そして、己を見せず、暮らしているだけなので。ご理解下さい、国王陛下」
王の言葉を途中で遮るなど、普通であれば考えられない行動をするが、男を咎める者はいない。そして、男は恭しく王に礼をした。
その姿に王は鼻で笑う。いくら王族の分家の1つであるトイズ家といっても、普通はここまでの態度をとれない。王が分家のキューズ家出身であることも理由かもしれないが、曲がりなりにも国王だ。
「お前は本当に父親のように畏れを知らないな。悪いことではないが、度が過ぎると愚かだ」
「あの放浪元当主と似ているとは光栄です。それに、私は愚か者が嫌いですので、ご心配には及びませんよ」
王は何をいっても無駄なような気がして馬鹿馬鹿しくなった。この男には何を言ってもあまり効果は無いのだろうと、心の中で溜息を吐く。まだ若いはずのオレンジ色の瞳の男に王は少し困った。
「……そういえば、その放浪元当主には会ったか?」
男はくすりと笑う。
「ええ、会いましたよ。家事をこなし、セルトラリアで楽しそうに暮らしていました。元当主とは思えぬ暮らしぶりでしたね。苦労はしていないようですが、まあ、少しくらい苦労はして欲しいですが、贅沢は出来ないようです」
「ほう。あの人も可笑しな事を」
「あの人“も”とは一体? このような人物に心当たりでも?」
男は笑いながらオレンジ色の瞳を王に向けた。
「今、目の前に居る」
「あはは、ご冗談がお上手ですね、国王陛下」
男はそう言うと「さて」と表情を変えた。
「ウロストセリア帝国の皇子を案内しました。ルーナ様との話は後日と言うことで、今日は早急にこちらの問題を対処していただきたく思います。既に鳩は飛ばしましたが、今後のことはまだ一切決まっておりません。リヒト皇子とレーラー殿が別室で今後どうするかお話をしたいそうです」
「分かった、行こう。……お前はルーナに、明日話をしに行くと伝えてきなさい。ついでに様子を見てくることも忘れずに」
男は眉間にしわを寄せ、返事をするのに間が空く。王は首を傾げたが、その出来事は一瞬で、些細なことなのだろうと王も特に深く聞きはしなかった。
王の後ろ姿が扉の奥に消えるまで深く礼をしていた男は周りにばれないようにふーっと息を吐く。顔を上げ、王が居ないことを確認し、頭を抱えた。
「トイズ家としてか、それとも、ただ国王陛下が父親として言ったのかどっちなんでしょうね……。あまり気が進まないな……。大丈夫だとは思いますが、行ってみますか」
誰に言うでもなくぶつぶつと言いながら男はルーナの部屋に向かうことにした。
しかし、男が心配していた事は杞憂に終わる。部屋に行くと既にルーナは眠っており、伝言を伝えるどころではなかった。わざわざ一言のために起こすのは悪いと考え、男はメモを書き、メイドに渡す。内心ほっとしながら、男はルーナの部屋の前から去っていった。




