-65:追う過去3-
「ここが聖都、クリスタス……」
ルーナの目の前に広がるのは真っ白な壁の家々だった。屋根の色がカラフルで、白い壁に映えていてとても綺麗な風景だとルーナは思う。
街の賑わいも、セルトラリアとは比べものにならない。しかし、セルトラリアと違い、どこか品のあるように思えたのもまた事実であった。
見たことがないためにルーナとファルシュは思わずキョロキョロしてしまう。そんな2人を周りはクスリと笑って過ぎ去っていった。ファルシュはそんな様子に気が付き慌ててルーナ手を取る。
「ルーナ、笑われてる。行こう」
「あ、ごめんなさい」
ルーナは恥ずかしくなって俯いた。
ファルシュは自分も同じだったために強くは言えず、とりあえず馬とルーナを引いて歩いた。
2人が目指すのはウロストセリア帝国の大使館。そこにいるレーラー・レインという人物に会うのだ。
「ファルシュ、レーラー・レインさんってどんなお方?」
「先生はアルセア・帝国戦争前にここに来ていて、すっかりアルセア国の魅力にとりつかれてしまった人だよ。戦争中もこの国にいて停戦の機会をつくろうとしていたとか……。
今ではすっかり和平の功労者。実は、先生の奥さんがアルセア人でね。それも大きいと思う」
「ええ、アルセアの人と結婚!?」
「そうだよ。結婚するのも戦争のせいで一苦労だったと聞いたな」
「……なるほど」
ルーナは少し考え込んだ。
珍しくルーナが難しい顔をしているのでファルシュはルーナを覗き込んでみる。反応は特になく、歩みを止めているわけではないためファルシュはそっとしておくことにした。
ウロストセリア帝国の大使館は高い柵に覆われており、門の両脇にはウロストセリア帝国の旗がなびいていた。建物自体それほど大きくはないのだが、どこか迫力がある。
立っていた兵にファルシュは少し気を引き締める。グッと手を握りしめ、兵にレーラー・レインに話があることを告げる。
「約束はしていますか?」
「いえ、それは……」
「申し訳ありません。先日の和平条約締結5周年記念式典での事もあり、不用意に人を通せないのです」
「レーラー・レイン殿には何度も面識があります、通していただければ、分かると思いますのでお願いします」
「ですから、いくら頼まれましても……」
「構いません。通しなさい」
記念式典での一件がまだ響いており、このままではだめかと思われたとき、柵の中から凛とした声が聞こえた。
声の主は白髪の髪に、大きな丸眼鏡をした男だった。
「レイン殿……!?」
兵が驚いて男の方を向くと敬礼をした。
ルーナはそこではっきりとレーラー・レインという人物をとらえる。少し着古したブラウンのスーツを着て、どこか身だしなみにはあまり気を配っていないように見えるが放つ雰囲気が妙にピリリとしていた。
「そこの2人。通りなさい」
「レイン殿、状況を分かっておられますか? 記念式典での一件であなたにも矛先が向く可能性があります。この様に怪しい者を貴方の側に近づけるわけには行かないのです。何かあってからでは遅いのですよ」
兵は必死になってレーラーに話す。レーラーは穏やかな表情でその話に耳を傾けるが、雰囲気はまるで変わっていない。
兵も聴いてくれている様子は分かっているが、決心が揺らいでいないことに焦りを露わにする。後半の方は早口になっていった。
「この2人は怪しくない。私はそれを知っている。通しなさい。これは私からの命令です」
「しかしっ」
「通しなさい」
レーラーは声を荒げず、淡々としかし強く言った。とうとう兵も折れ、2人の為に門を開け中へと通す。
ルーナはちらりと兵を見るが、表情は明らかに納得していなかった。
中にはいるとグレーの壁に黒い柱というような暗い色をベースにした内装になっていた。白を基調としていたクリスタスの街並みとは違い、落ち着いた印象をルーナは受ける。
2階へ案内され、重たそうなドアの部屋に通された。部屋は大きくなく、部屋の中央にテーブルやソファーなどがある。壁にはウロストセリア帝国の旗や風景画が飾られていた。
「心配しておりましたよ、リヒト様」
ドアを閉めふーっと息を吐いたレーラーはファルシュを抱き締めた。ファルシュの顔も綻び、安堵の表情がルーナにはうかがえた。
「よく分かりましたね」
「ええ、その瞳と纏う空気はリヒト様しかいませんよ」
レーラーはリヒトを話すと微笑んでそう言った。
「蛇の刀を持っていますか?」
「はい」
ファルシューリヒトーはペンダントを刀に変え、レーラーに見せる。レーラーは首を何度も縦に振り、苦しげな表情になった。
「……では、やはり亡くなったのはミュレットでしたか」
「ああ、私の代わりとなり、帝国兵に……」
レーラーはなるほどと、低い声を出し、顎に手を当てた。僅かに生えている髭を撫でているのは考えるときの癖であろう。
「まずはお座り下さい」
レーラーに促されるまま2人はレーラーと向かい合うように柔らかなソファーに腰掛けた。
「ご紹介が遅れて申し訳ございません。ウロストセリア帝国大使、レーラー・レインと申します。殿下のお連れの方。名前を伺っても?」
「は、はい。私はルーナ……と申します」
ルーナはどの様に自分のことを言えばいいのか分からず、言い淀んでしまった。
「彼女についてはまた話します。少し訳ありなのです」
レーラーは少し視線を鋭くしたが、リヒトが庇いに入る。するとレーラーは視線を外し、一度うなずいた。
「さて、ご存じのこととは思いますが、指名手配されているのはミュレットです。が、彼は見つかりません。それもそうです。彼は亡くなりました。
問題なのは、そろそろ皇帝陛下はアルセアに対し宣戦布告をしようと言うことであります」
「それは困る! 私は同じ帝国の者に剣を向けられたのです。戦争をさせるわけにはいきません」
「分かっております。私もまさかここまでなさるとは思いもしませんでした」
レーラーは息を吐いて顔をしかめる。顎に手を当て俯く姿にルーナは事の大きさを感じた。
「……父が、皇帝陛下がこの様なことをする心当たりでもあるのですか? やはり、私が邪魔なのですか」
「……陛下には弟がいらっしゃいました」
リヒトはその一言に顔をみるみる曇らせていった。ルーナには当然その様になるわけが分からずリヒトとレーラーを交互にみる。
「陛下の弟殿は皇帝の座を狙っており、一部ではその動きを支援する者もいました。しかし、現在陛下の弟殿はいらっしゃいません。あくまで私たち仕えるもの達の推測ですが、陛下が人を使い暗殺させたのではないかということです」
「……っ」
ルーナは息をのむ。同じ血が流れる兄弟だと言うのにそんなことがあるのだろうかと信じられなかった。だが、他の2人の様子を見るとそれは別段意外なことでは無いらしい。
「私は陛下のような兄弟関係ではありません。私は皇帝になりたくはないのです。兄が皇帝となったとき、それを支えたいと思うのみです」
「それでもなお、陛下はご自身の経験から認められないのでしょうな」
リヒトは額に手を当て、俯きながらため息を吐いた。
「……理由は分かった。私の無事を共に証明し、私は事実を話す。ウロストセリア帝国が仕組んだことなのだと伝えなければ、巻き込まれて命を落とす者が出てしまう」
「私も同じ考えです。まず、城に行きアルセア国王にお伝えし、力を借りましょう。さすがに全帝国兵を信用しきれない今、殿下を帝国兵に任せるわけにいきません」
ルーナはうなずきあう2人を見て呆然となっていた。戦争になってしまうかもしれないことや皇帝の座を争うということなど今のルーナには対応しきれないことばかりだ。
「それで、殿下。この方はいったい……」
レーラーの目がルーナに向けられる。ルーナは覚悟を決め、ビシッと背筋を伸ばした。
「私は……。私はルーナ・K・クリスタスと申します」
「クリスタス……!? まさか、アルセア国、王族の?」
レーラーはリヒトに疑いと戸惑いの表情を向ける。
「真実です。彼女はアルセア国の王族に間違いありません。どういうわけか聖都から離れ、田舎で育ったようです。つい最近まで本人も王族という事実を知らなかったのです」
「なんということか」
レーラーはまた顎に手を当て、髭をさすっていた。
「……分かりました。殿下、そしてルーナ様一緒に城に行きましょう。ルーナ様に関してはアルセア国王に聴いた方が早そうです」
「分かった、行こう」
「お、お願いします」
3人は立ち上がり、早速城へと向かったのであった。




