-63:追う過去2-
ルーナは目の前にいる焦げ茶色の毛並みをした馬を見つめていた。彼女は大事なことに気がついたのだ。
(私馬に乗れない……)
呆然と立ちすくんでいるとルーナの背後からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「やっぱり乗れないよね。大丈夫俺が乗せていく」
ファルシュはリースからルーナが馬に乗れないだろうという話を聞いていたが、その通りであったために笑いが抑えられなかった。さらに言えば、乗れないことに打ちひしがれるルーナの後ろ姿が分かりやすすぎたこともある。
ルーナはというと、笑われたことに少し腹を立てていた。乗れないには事実であるが、馬鹿にされたようで気にくわないのだ。彼女がファルシュを睨むとさすがにしまったという表情を彼はしていた。
「ごめんね。……よし、じゃあ乗って」
ファルシュは慣れたように馬に多くはない荷物を乗せ、自身もひょいと乗った。そして、ルーナに手を差し伸べている。
ルーナは困惑してキョロキョロするが、ファルシュは変わらず笑顔で手を差し伸べていた。恐る恐るルーナが手を差し出すと、思ってもみない力で腕を引かれ、驚く。
ファルシュは軽々とルーナを引っ張り上げ、自身の前に乗せた。彼は細身であるためルーナはそれほど力がないと勝手に思っていたのだが、やはり、男であり、鍛えているのだということを知る。
「腕痛くなかった?」
「大丈夫、平気」
ファルシュは「そう」と言って、馬を進めた。
ルーナは初めて馬に乗るため、緊張していた。だんだんとその感覚に慣れてくると背中から伝わる温もりに緊張する。
「……そういえば」
「なっ、なに」
突然話しかけてきたファルシュに思わずルーナは声が裏返ってしまった。
「ルーナは旅にでるまでどう過ごしていたの?」
「旅にでるまではずっと家にいることが多かったわ。両親……育ての親は私を家からあまりだそうとはしなかったの。でも、勉強はしていたわ。時雨ミセル先生っていう女の先生が家庭教師に来てくれて……。昼間働きに出たり、忙しくしている親の代わりに私の面倒を見てくれたの。それでもね、朝晩の食事の時は必ず3人揃っていたわ」
ルーナは懐かしくなって目を細めた。あの頃が遠いようで、懐かしいような気持ちになったのだ。しかし、もう一つ浮かんだのは、その思い出が嘘で始まった事なのではないかという考えだった。ルーナはそもそもスタートルテ夫妻の子ではない。だからこの思い出は果たして本当なのかとも分からなくなってきた。
俯いたルーナの様子は後ろのファルシュからでも伺えた。
「ルーナが本当の子ではなかったとしても、その頃は楽しかったのではないの?」
「……うん」
「じゃあ、それで良いじゃないか。楽しかったとルーナが感じたのは本物だよ。だから、嘘じゃない」
何となく気持ちを見透かされているようでくすぐったいルーナはチラリとファルシュを見た。いつもは違う黒が混じるブラウンの髪色と真っ直ぐ前を見るウルトラマリンの瞳に違和感を覚えつつも、やはり皇子だと感じる。
「ファルシュはしっかりしているね。さすが皇子だと思う」
「俺なんてまだまだだよ。全然考えが甘かったしね。だから、今こんな事になっているんだ」
「でも、それでもすごいよ」
ルーナが真剣な声色で言った為に、ファルシュは少し照れくさくなる。
「兄やミュレット以外あまりそう言ってくれないから慣れないな……」
「そうなの?」
「俺には皇位継承権が無いに等しい。兄によっぽどの事がない限り俺は皇帝にはならない。だから、表立って動くことを現皇帝から良しとされていなかったんだ」
ファルシュは今まで父である皇帝が会議に出席させたり、政治について積極的に学ばせようとしたりしなかったのはそんな意図があったからなのだと、考えるようになった。
兄のゾーネ以外、興味はなかったのだとファルシュは胸が痛くなる。だからといって、黙っているだけではつまらないと思うのは負けず嫌いなのだろうと少し笑ってしまう。
「そっか、皇位継承権……」
ルーナは不安になった。
「……皇位継承権がどうしたの?」
「あ、ええと……」
ルーナの呟きが聞こえてしまったファルシュは思わず先を促すように尋ねてしまった。
「この国は王族の特殊性から王が授かるのは一子だけとされていたはずなの。つまりそれって、私しか王位継承権を持っていないことになるのかなって……」
「そう、なるね……。アルセア国は王を男子に限るの?」
「……分からない。現国王様は王族分家のキューズ家の出だったはず。王妃様が純粋にクリスタス王族家の血を引いていると聞いたわ」
「なるほど……。産まれたのが女性なら分家の夫が国王になるのか」
ルーナは後悔した。自分で言ってしまったことでなぜだか現実味を帯びてしまったからだ。本当にルーナ自身が王族の血を引いているのであれば、そして、一子だけを授かるというのならば、王位継承権は自身にある。
ルーナははぁ、とため息を吐かずには居られなかった。
「私っていったい何なのだろう……」
「……大丈夫」
落ち込むルーナに背後から暖かい言葉が降る。
「……ありがとう」
ルーナは小さく呟いて背を預けた。




