-62:負う過去1-
リースは虫ずが走った。
目の前に居る、何の感情も示さないユースリアという女の姿を見て、どうにかしていると頭の中で罵倒を繰り返す。
フレバ付近の道から少しそれた林の中で拘束した2人を前にリースは腕組みをしていた。
「誰に雇われた。主人は誰だ。答えろ」
淡々と告げるが、拘束された1人、オッドアイの女は怖がる様子もなくリースから目をそらし、何もない林を見つめた。
「この状況が分からないのか」
「……さあ、何のことだか私には分からないわ」
オッドアイの女、以前シャクナゲと名乗っていた女はリースのことを睨みながら話す。何も怖がっていないその態度と手を煩わせる予感にリースは苛立った。
「まあまあ、落ち着いた方がいいのではありませんか? 急がば回れ。少し世間話から始めるのはどうですか? 私はですね、こんな無愛想な男と暫く行動をともにすることになってしまった悲しい男なのですが、これも我が運命と受け入れ、此処にいるのですよ。もしこれが、可憐な少女であればどれほど良いか! ……あ、私別に年下が好きでは無いのですが」
隣でペラペラと話すトリックにはため息が出て仕方がないリースである。
「トラップ……」
「ああ、そうそう。貴女のお名前を聞いても良いですか?」
リースの軽い制止も聞かず、トリックは女の前にしゃがみ、顔を始めとする覗き込む。
トリックはニコニコと目を細めているが、その様子が女には不気味で、不機嫌を雰囲気から顕わにするリースよりも怖い存在と感じられた。緊張が女の体に走る。
「おや? 無視ですか。……そうですね。では聞きましょうか。貴女はローズですか? それともアネモネ? はたまたシャクナゲでしょうか?」
トリックが笑顔を張り付けたまま花の名を連ねると女は顔をしかめる。
「……貴様」
「私たちはもう知っているんですよ。貴女が何をしてきたかを、ね。なのでそろそろ貴女の主人を知りたいのですが。よろしいでしょうか?」
「……くっ」
トリックのニコニコとした様子と女のしかめ面がリースは面白かった。それと同時に、トリックはやはり掴み所が無く、いろんな意味でも面倒くさい男だとさいにんしきしたのだった。
「デイル」
リースがボソリと言うと僅かに女の肩が動くのがわかった。リースにとってはそれだけで十分だと思える。
「まだまだだな」
リースがナイフを取り出すと、トリックは「もうですか?」と上目遣いをして尋ねてきた。リースは正直やめて欲しいとまた、ため息を吐くが、いくら本人に言っても無駄であるため、ただ冷たい目を2人に向ける。
トリックはそれを見てゆっくりと立ち上がり、忍ばせていた拳銃を取り出し、オッドアイの女の眉間に銃口突きつけた。
「情報源をいきなり絶ってしまうのはあまり私のお勧めではないのですが、この先あなた方が行く手を阻むと面倒なんです。申し訳ないですが、これもあなた方のしてきたことの報いであると受け入れて欲しいですね」
「……なら、お前たちにはどんな報いがくるのか、あの世で待ってあげても良いわよ」
「おや、何とお優しい。そうですね、待っていていただけると私も報いを受け入れやすくなると言うものです。……そんなに早く報いを受ける気は無いですが」
1発の銃声が鈍く響き、オッドアイの女はどさりと倒れた。
ユースリアはすぐ隣で人間が撃たれたというのに悲鳴一つあげてはいなかった。トリックは何とも言い難い表情で彼女を見つめる。
「この方はどうするつもりでいるのですか?」
「……もう、元には戻らないだろうな」
「でしょうね。このまま放しても暮らせないでしょうし、何より実験の材料にされて終わりですね」
リースは桃色から金色に変わったユースリアの瞳を見て、ナイフをぐっと強く握る。金色の瞳に映った自身の姿を見つめながら、リースは虚ろな目のユースリアにナイフを振り下ろした。
一筋の涙がユースリアの瞳から零れ落ちたことにリースは気がつかないふりをした。
「さてと、ひとまずこれであの2人の行く手を阻む者の人数は削れたでしょうね。あとはデイルのことか」
「デイルは任せる。ルクスヘルデも近くにいるだろ? 後で調べた情報を渡してくれ」
リースは血を払うようにナイフを振り、残ったものを布で拭いまた懐にしまった。
「人使いが荒いと、自覚はあるんですかね、この男は。……それで、リースはどこへ行くつもりでそんなこと言っているんですか?」
「バグライドに行く」
「それはそれは。懐かしい人と会えると良いですね」
トリックはニヤリと笑う。
リースは楽しそうにしているトリックとは反対に目の鋭さを増していった。
バグライドは村であったが、現在はとある理由で聖都に吸収されてしまっている。すでに"バグライド"という村があったことすら知らない人間が出てくるようになっていた。
少し歩いた場所に馬が2頭つなぎ止められており、リースその1頭の馬に跨がる。
「聖都でまた会えると良いですね。お互い死なないようにしましょうか」
「ああ」
リースを乗せ馬は颯爽と走り去った。
「忘れられゆく地に、忘れられないものがある人間もいるのですよね」
トリックには去っていくリースの後ろ姿がどこか哀しげに見えたのだった。




