-60:薔薇を摘む手に血が滲む-
「何だ、もういいんですか~」
地面に着地し、立ち上がったリースの横にはよれよれのシャツとよれよれのズボンにサスペンダーを着けた男が立っていた。見た目とは反対に年季の入った帽子から覗くオレンジ色の瞳は鋭いものであった。
「少しタイミングが早かったと思うんですよね。別に今バラさなくても良かったのではありませんかね? これも何かを考えての判断ですか? まさか私に話してくれないなってことはありませんよね~」
「……俺という邪魔者が居ない方が事が上手く運ぶ」
男は少し考えたが結論にいたらず、リースに視線を向ける。
「何を考えているんですか?」
「これ以上あいつらの好きなようにはならない」
リースは荷物を抱えなおすと歩き出した。宿を男はちらと見て、リースの後ろ姿を見つめる。男にはリースの考えていることが掴めそうで掴めないでいた。
暫くして男もリースを追うように歩みを進めた。
「それで、どうだ?」
男が追い付いて来るぐらいにリースは前を向いたまま問いかけた。男はリースの少し後ろに来るように歩くペースを合わせている。
「時雨からフェザリードル家も"デイル"とやらに関わっていたと話を聞きましたね。今回だけでなく度々この人間の名前が挙がってくるって言うのはちょっとひっかかるな~って感じでしょうかね。それと、ここでのデイルはちょっと違うようですよ」
「なんだ」
「デイルと思わしき人間が割と出入りしていた場所で働いていた人間が顔を覚えているようでね~。シエーラが常連でその彼女と話をしていたから覚えていたみたい何ですよね。面白いことにね、そのデイルらしき人間はある時を境に雰囲気が少し変わったとか」
男はケラケラと笑い交じりに話す。その様子がリースには面白くないが、話が話だけに、ここで余計なことを言ってしまうと話が進まないと思い、我慢していた。
それを良いことに男はケラケラとまた笑う。
「シエーラは気がついていないようだけどね。まあ、私の推測ですがね。……と言うことはですよ? デイルは2人いるって言うのはどうでしょうか?」
「トラップにしては面白いことを言う」
「それはいつも私が面白くないみたいではないですかね?」
笑顔を張り付けたまま男、トリック・トラップはリースを睨む。後ろから睨まれていることを察しながら、リースは何も知らん風に歩いた。
「お前のことはどうでもいいが、花の名を名乗る奴とユースリアは?」
「あの2人なら多分フレバ近辺に潜んでいる可能性が高いと思いますね~。そろそろルーナ殿とリヒト殿も動くことですし、好機ではないでしょうか?」
「だろうな。……その2人は俺らで片すぞ」
「ええ、そうですね。丁度いいようですし」
2人は立ち止まり各々の得物を取り出しニヤリと微笑んだ。
―60:薔薇を摘む手に血が滲む
ファルシュが部屋に入ると、開けはなった窓から風が流れ、カーテンを揺らしていた。
身支度を終え、荷物もまとめたところでルーナを迎えに行ったのだが、誰もいなかったためにリースの部屋にきたのだ。
「……ルーナ」
部屋を進んでいくと壁際で自身の身を両手いっぱいに抱え込んで座るルーナの姿をファルシュは見つけた。彼の目にその姿はただのとても非力で小さな少女にしか映らなかった。
ゆっくりとルーナに近づいていくと彼女が泣いているということに気がついた。慌てて膝を折り、覗き込むようにして彼女の様子を伺う。
「ルーナ、どうしたの? リースはどこに……?」
ルーナは"リース"という名が出るとバッと顔を上げた。その顔を見てファルシュはぎょっとする。赤く腫れた目元いっぱいに溜まった涙が目に映ったからだった。窓から射す光がその涙にあたり、輝かせている。
ファルシュは綺麗だと思ったが、そう思うことは彼女に申し訳ないことだと自信を咎めた。
「リースと何かあったの?」
ルーナは唇を噛み締め、また俯いてしまう。
「……私はずっと、ずっと、偽り信じていた。でも、でも、信じていたのは彼自身だった筈なのっ」
ぽろぽろと零れる涙と共にぽろぽろと言葉も零れていった。
「リースは道化師。私が追っていたのはリースだった……」
「どういうこと……? それは本当に?」
ファルシュの問いかけにルーナはこくこくと頷くだけだった。
「……リースは自身をリースじゃないと言った。でも、私はリースを信じていた」
「……ルーナ、分かったよ。分かったから少し落ち着こうか。話したくなったらまた話していいから」
ファルシュはそう語りかけるとルーナの頭に手をのせる。ルーナにとってその温もりはありがたくも残酷だった。手を払いのけてしまいたくなる衝動を彼女は心の中に押し留め、代わりに涙を沢山流した。
暫く2人はそこから動くことはなかった。風だけが時の流れを感じさせるように吹き抜けていく。
「ごめんね、ファルシュ。もう行かなきゃだよね」
赤く目を腫らしたルーナはもう泣いてはいなかった。無理矢理笑顔を作るがそれが逆にファルシュを心配させる。
「俺もこんなことになった身だ、少しくらいはその痛みを分かっていると思っている。だから、無理はしなくてもいいんだよ?」
「……無理じゃない。今は進んでいないと辛いから。早く聖都に行こう。そこでしなければいけないことが私たちにはある」
強くまっすぐ見つめる瞳にファルシュは頷いて、手を差し伸べた。手をとるかルーナは一瞬迷うが意を決してその手を強く握りしめた。ファルシュはその様子に笑みをこぼし、サッと引っ張り上げ立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
これにてフレバ編(禁忌の花編)終了です。
次回から新章突入です。
後半物語がだいぶ動きました。
これから少しずつ種明かしがされてくると思いますので、最後までおつきあいください。
2017/3
彼方わた雨




