-06:要は、情けない-
狼から逃れる事ばかりを考えていた、ルーナ。
それを追う事ばかりに気を取られた、リース。
2人は見事に迷子になった。
-06:要は、情けない
「俺がいながら……」
太陽はすっかり昇り、2人を照らしているのだが、どうにも晴れやかな気分にはなれそうになかった。
迷子になってしまったのは森の中。それも、逃げ回り、どこをどの様に走り回っていたのか分からない状況である。前に進めば、アスラエルかそれともリスターか……。はたまた、他の町に着く事もあり得るのだ。ましてや、隣国に行ってしまう可能性も0ではない。
「リース、ごめん……」
「……起きてしまった事はどうしようもない。そんな事より、早くこの状況を打破するぞ」
リースは何かないかと辺りを見渡す。しかし、広がっているのはどれも似たような木々で自分がどのようにルーナを追いかけて来たのか皆目見当がつかない。
夜ではないし、星が出ているわけでもない。空を見たリースはふと気がついた。
「太陽……」
朝になってから少ししかたっていない。太陽の位置は自分から見て左にある。
アスラエルはリスターの北側にある。つまり、今自分の立っている所から後ろ向きに歩き出せば、もしかしたら、アスラエルに行く事が出来るかもしれない、とリースは思った。
「ルーナ、こっちだ。行くぞ」
「え、リース?」
「取り敢えず、北を目指す」
リースは振り返り、太陽を右側に置きながら、移動を始めた。ルーナはわけを理解していなかったが、リースに付いて行けば大丈夫だろうとその後を追おうとした。
だが、目の前の茂みがガサガサと揺れ始める。ルーナは先ほどの事を思い出してしまい、心臓がバクバクと鳴り響く。 リースも緊張した面持ちで茂みを見つめている。彼の手にはすでに、剣が握られていた。
ガザッ
何かが飛び出してきたかと思うと、リースは剣を振るった。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
「!?」
目の前に現れたのは1人の少年だった。
少年は寸でのところでリースの剣から逃れ、その反動で尻餅をついていた。
リースも人が出てくるとは思わず驚いている。
「な、何だよ! き、き、きゅ、急に!」
「悪い、大丈夫か?」
リースは剣を鞘に納め、少年に手を差し伸べた。
少年は初め、その手をまじまじと見て、大丈夫かどうか探っていたが、安全だと判断したのか、その手を握って立ち上がった。
背はさほど大きくなかったが、よくよく見るとなかなかいい服を着ている。
「お前たちはここで何しているんだ」
「ま、迷子になっちゃって……。アスラエルに行きたいんだけど」
リースの後ろに隠れていたルーナだが、少年と分かると安堵して、顔をだし照れ笑いながら話した。その様子に少年も緊張をほぐしつつあった。
「アスラエル? じゃあ、僕が案内するよ」
「……助かる」
「いいよ。……それにしても、お兄さんがいながら迷子って、どうなの?」
少年はすっかり怯えた様子を見せなくなったが、反対に少し生意気な様子でリースを見ていた。案内をしてもらう立場、大人と子供、その2つがリースの怒りたい衝動を何とか止めている。
引きつった表情のリースを見て、少年は笑いつつ、2人を案内するため、先頭を歩き始めたのだった。
太陽が木々を照らし、小鳥たちの囀りも聞こえる。時々、風が心地よく葉を揺らしている。その中を歩いて行く3人。
「ここに来るのは初めてか?」
「まあ……この辺りは全く知らないな」
「旅をしているのか?」
「そうだな」
少年は「ふーん」と呟き、また黙々と歩き始めた。
(……イダラの人、か)
少年は少し、陰のある表情を見せたが、後ろを歩く2人はその表情に気がつく事なく、ただ、少年の後ろについて行った。
少年は慣れているようで、森の中を迷う事なく進んでいく。2人が迷っていた事が嘘のようにどんどん進んで行くので、リースは少し複雑な気持ちになる。
少年は明らかにここらの出身だと思われるが、それでも、20歳も過ぎているのに少年について行く事は少し、悲しく思う。
「リース?」
「……何でもない」
浮かない顔をしているリースに気がついたルーナはなぜリースが浮かない顔をしているのか分からなかった。
今思うと、やっぱり自分の事でこんな風になってしまったのだから、もしかしたら、呆れられてしまったのではないかと心配になる。ルーナとしては呆れられても一向に構わないのだが、それで、一緒に旅をしないと言われたらお終いなのだ。
「……ごめん」
「何で謝る? 別に怒ってないから」
「でも──」
「俺は自分が情けないだけだから。気にすんなよ」
そう言ってリースはまた、ルーナの頭に手を置いた。
ルーナは撫でられる度に複雑な気持ちになる。自分がまるで、小さな子供のように扱われている気がするからだ。リースの撫で方はそんな感じがするのだった。
「また、子供扱い……」
「子供が、何言ってんだよ」
「……あのさ、そろそろ着くんだけど?」
少年は呆れたように言う。
いつの間にか森から抜け、開けた場所に出ている。前には家々が立ち並んでおり、人々の賑やかな声も聞こえている。
「わー、ここがアスラエル!?」
先ほど、子供扱いされて怒っていた筈のルーナは、町並みを見ると、目をキラキラと輝かせた。そのはしゃいでいる様子はまさに子供の様だ。
「ありがとう!」
はしゃぐ、ルーナを見て少年は微笑む。
「こちらこそ、ありがとう」
少年の微笑みが不気味なものに変わり、2人のすぐ目の前までその顔が迫った。
「──だから、僕の為に売られてよ」