-58:忘れることないオトギリソウ-
―58:忘れることないオトギリソウ
あの日と重なり、ルーナは自身の震えが大きくなっていることに気がついた。気がついてはいたが、抑えることなどとうていできるわけがなかった。ぺたんとへたり込むとまるで現実ではないかのように思える。
怪しげに光るモノクルも人をあざ笑うかの様な仮面もあの人全く同じだった。
道化師は窓辺から音もなく床に降り立ち、シエーラを見下ろす。見下ろす、と言うよりは見下すと言った方が正しいのかもしれない。
血が溢れる右手を押さえていたシエーラがギロリと道化師を睨む。だが、それは全く彼には届かず、鼻で笑うだけで終わってしまう。
「禁忌の花を育てた愚かな人間よ。これはお前のしでかした罪に対する罰だ」
冷ややかに言い放った。
「デイルしかやはり分からないのね。残念だわ」
シエーラは微かに笑う。
ルーナはその瞬間いやな予感が過ぎる。
「待って……っ!!」
手を伸ばした先で赤い鮮血が吹き上がる。
だらんとうなだれるシエーラの首が見ていられなかったが、恐怖で動くことが出来なかった。
ころん、とシエーラは人形のように四肢を横たえた。広がっていく血溜まりに先ほどまで自分の意志で動いていた人間が居る。
ファルシュは自分の足元まで広がってきた赤に眉をひそめる。そして、タイミング的に助けられた形となったが彼の心の中には全く感謝の念が湧かない。
「お前が……」
「……」
ファルシュは道化師をまじまじと見る。
そんなファルシュを煩わしそうに道化師は見た。
モノクル越しの金色の瞳にファルシュは目を見開く。そして、どこか見たことがあるようなその瞳から目を離すことができなくなってしまう。彼が次の言葉を紡ごうとするが、それを遮るように道化師は静かに窓に歩み寄っていった。
「……っ!」
「ルーナ…!?」
ファルシュは目の前を過ぎるルーナに驚く。先程まで身動きがとれない様子だったが、道化師に向かって駆けていく。苦しげな表情にファルシュは気がつき、伸ばした手を一瞬縮めた。
向かっていくルーナの手にはシエーラが落とした短刀を握りしめられていることに気がつかないまま。
ルーナは短刀を振りかざし、道化師に飛びかかろうとする。もう少しで切っ先が届こうというとき、道化師は振り返った。
「……あっ……!」
ルーナの振りかざした右腕は道化師が左手で振り向きざまに受け止める形になってしまった。
ルーナは尚も力を込め様とするが、びくともしない。それどころか右腕を握る左手に握りつぶされそうだった。
ルーナはその拘束を解こうと道化師の左手を自信の左手で叩いたり抓ったりする。
「こ、のっ……! ……っえ……」
しかし、ある時ルーナの抵抗が止まる。
道化師の視線とルーナの視線が絡まる。道化師はニヤリと笑う。
「ルーナ、もうよせっ!!」
ルーナはファルシュの声で我に返った。それと同時に投げ出すように拘束が解かれ後ろに倒れる。
ファルシュはルーナを背後で抱き止めると、道化師を視線で追ったが、目線の先には開け放たれた窓から見える明るい月しかなかった。




