-57:月明かりのサネカズラ-
「ふぅ」
月明かりが部屋に差し込み、明かりをつけているのがもったいないくらいであった。
ルーナは一息吐いて窓の外の明るい月を見つめる。なんとなく、思い出してしまうのはあの日の夜のことだった。彼女の道が変わったあの瞬間を忘れることは出来ないだろうと思っていた。
「もう、戻れないのね……」
リスターを出たのがついこの間の様に感じられ、故郷を懐かしく思うルーナだった。
「……さぁて、"これ"も出来たことだしシエーラさんとファルシュの所に行こうかな。あ、でもシエーラさんはもう寝ているかな」
ルーナが手にしていたのはシエーラに教わったアロマブレスだった。明日には発つと言うことで、シエーラには感謝の意を込めて作ったのだ。ファルシュのはともに旅をする仲間としてせっかくだから作ろうという気になった。
一個目はなかなか上手く作れていなかったルーナだったが、作り方のこつを覚えたのか割と早く作ることができた。出来映えは、まあ、頑張ったと言えるような感じである。
「ファルシュはまだ荷造りしてるかな」
ドアの前に立ち、ファルシュが寝ていたらどうしようかと迷ったが、とりあえずドアをノックする。
しかし、返事は聞こえてこず、ルーナはため息をついて立ち去ろうとした。
「──!」
「──」
(え、シエーラ、さんもいる……?)
中から聞こえてくるのはファルシュだけでなく女の人の高い声が聞こえてきた。
一瞬耳を疑ったルーナであるが、よく耳を澄ませるとやはり誰かがファルシュと居る。しかも、言い争っているような感じであった。穏やかではない。さらに、何かにぶつかる音やドタバタと物音も聞こえてくる。
何か不安を感じたルーナは思い切ってその扉を開けることにした。
「ファルシュ……?」
目の前に現れたのは月明かりを背にし、狂気じみた目をするシエーラの姿だった。
「ひぃっ」
シエーラが手にしていたのは短刀。刃先から少し、何か液体が垂れているのがルーナの目に映った。シエーラの影から短刀が光の中へ現れると、その色が生々しい赤色をしていることに気がついた。
「ルーナ、来るな……!!」
ファルシュの声がしてシエーラの横を見ると右腕が微かに赤く滲んだ、彼の姿があった。
「ど、どういうこと……」
その場から逃げ出すことができず、ただ一歩、じりりと下がったルーナは掠れる声しか出ない。
目の前にはゆらゆらと揺れるように、夏の陽炎のようにシエーラが立っている。
「あらあら。夜にこんな所へ来て、邪魔をするなんて……。あなたは最後にしてあげようと思ったのに、ざぁんねん」
「シエーラ、さん、なの……? な、なんで……。何、これ……」
「ふふふ。恐怖で歪むあなたの顔。どんな血の味がして、どんな風に花を染めてくれるのか楽しみだわ」
ルーナにはシエーラの言っていることが全く理解できなかった。ただ、分かったことは今のシエーラが普通じゃないということだけだ。
短刀から滴る一滴の血が床に落ちる。そして、シエーラの背にあるのは、明るく輝く月。ルーナの頭の中にはあの日のことが蘇り、ガクガクと身体を震わせた。
手の中にあるアロマブレスを堅く握りしめ、目の前にある恐怖を逃がそうとした。
「吸血鬼と呼ばれていた理由はこれですか」
「そうね……。まあ、私が飲むのではないわ。そこだけは違うわね」
「じゃあ、何故こんなことをするのですか? あなたは普通じゃない。ここまでして血を求める理由が分かりません」
シエーラはファルシュの質問にクスリと笑った。
「普通じゃない、ね。……あなた達には分からないことよ。あの花の美しさも分からない。そうよ、あなた達の様な人がいるからあの花は育つこと叶わず、あんな風に人々の目にさらされるしかなかった。何がいけないのよ。私のやっていることが。普通じゃない? 普通じゃないのはね、あなた達よ」
「何を言って──」
「もう黙りなさいよ!」
シエーラが短刀を握る力を強くしたかと思うと、ファルシュに切りかかった。
咄嗟のことでファルシュは遅れをとる。彼は堅く目を瞑り、右腕を前に出し、何とか心臓だけでも庇うような体勢をとった。衝撃に備えたが、いつまで経っても痛みはやってこない。
恐る恐る目を開くと、シエーラの手には短刀がなく、彼女の手からは血が滴っていた。
「一体何が……」
ファルシュは床に映った影に気がつき、窓を見やる。
そこにいたのは仮面を被り、右目にはモノクル、道化師の様な格好をした人だった。仮面にはハートのマークが描かれていたが、可愛らしさなど微塵も感じられない。
「狂愛の道化師……!」
絞り出すような声で悲鳴に似た言葉がルーナから漏れた。
―57:月明かりの サネカズラ
長いことすいません…。
とりあえず1話更新します。
2017/3
彼方わた雨




