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Mad Clown  作者: 彼方わた雨
chapter 5 ~禁忌の花~
56/95

-56:フレバのデンファレな夜-

「夜遅くにごめんなさいね。出立の準備で疲れていると思って、ココア持ってきたの」

「ありがとうございます。シエーラさん」


 ファルシュは突然の来客に驚きながらも、温かなココアで身体を温めた。



―56:フレバのデンファレ(みわく)な夜



「どのくらい準備は進みましたの?」

「そうですね、大体終わりという感じでしょうか」


 受け取ったココアをもう一口飲んだファルシュの横から顔を出し、シエーラは部屋の中を覗いた。月明かりと、部屋のろうそくの明かりがぼんやりとファルシュの部屋を照らす。荷物は大体まとまっており、ファルシュの手際の良さも伺う事が出来た。

 シエーラがじっと覗いているのでファルシュは少し居心地が悪くなった。


「あの、あんまり見られると何だか恥ずかしいですね」

「そう? 変なものでも入っているのかしら?」

「変なものって何ですか」


 ファルシュは笑って、少し冷めたココアを飲み切る。


「ありがとうございました。これで夜も良く眠れそうです」

「良かったわ。……でも、明日出ていくとなると少し寂しくなるわ」

「そうですか? そう思っていただけると何だか嬉しいですね」


 ココアの入っていたマグカップをシエーラに渡しながらファルシュはくすりと笑う。シエーラはため息を吐いてファルシュを見つめた。


「あれ、ちょっとこれはいけませんでしたか?」

「こっちは寂しいと言っているのに。少し不謹慎と言うか何と言うか、ね」

「すいません。今日は謝ってばかりですね。それでは、明日の準備もありますので。ココア、ありがとうございました」


 ファルシュはシエーラが出ていくと思い、しばらくドアの前に立っていたが、シエーラにその気配がない。ファルシュはシエーラの顔を覗き込んでみると、そこには涙を流すシエーラの姿があった。

 自分は何もしていない事を思い返しながら、どうしたらよいのかファルシュは辺りをきょろきょろ見渡した。そんな事をしても、部屋にいるのはファルシュとシエーラのみで助け舟を出す人間はどこにも居ない。


「本当に明日行ってしまうの?」

「え、それは……」

「ねえ」


 シエーラはファルシュの胸に顔を寄せ、縋り付いてきた。それにはファルシュも動揺をせざるを得なく、ますますどうしたらいいのか分からなくなっていく。


「あの、シエーラさん……? 気持ちは分かりますが、こんな事をしても他の2人の事もありますし」


 何とかなだめようと、ファルシュは試みるが、顔を埋めたシエーラの表情は見えない。



「本当に、行くの? いいえ、逃がさない。折角の、あの子たちの、栄養を」



 月明かりがシエーラの顔を照らす。その顔は涙に濡れてはいなかった。



*****



 仕事の時が来た。

 今日の月は明るい。夜だと言うのに明るいから動きにくくて仕方がない。


 こうして一つ一つ潰していっているのだが、一向に変わらない現状に飽き飽きしていると言えばそうだ。しかし、誰かが動かなければこの世界はさらに駄目になっていく。特に、この国で行われているある実験は絶対に進めていってはならない。

 それを分かっているはずなのに、すぐ力に頼りたがる。これはそんな簡単に扱える力でもなければ、あって良い力だとも思わない。女神は何故このような力を人間に授けたのか。それがそもそもの間違いだった。いつしか、アルセア・帝国戦争を引き起こした国王のように、今もその力を求め各地で根を張っている人間のように、くだらない存在が生まれる事を考えたはずだ。


 分からない。そうまでして、与えるべき力だったのだろうか。


 しかし、そんな事今言っていても仕方がないか。時は進み続けている。だから動くしかないのだ。立ち止まっていては何も変わらないし、始まらない。

 たとえそれが、正しい事なのか分からないとしても、だ。


「1人で大丈夫か?」

「……」

「折角心配しているのに無視ですか。可愛くないな~。すでに目標は『花の栄養』とやらをとりに行っているみたいですよ。多分、何も知らず、あの花屋に助けられた人の中から選ぶんじゃないですかね。そろそろ行ってあげないと手遅れになりそうな気もしますが……。本当に1人で――」


 1人置き去りにして仕事をしに行く。


「全く……。本当に可愛くないな。まあ、私は1人此処で待機しているとしますか。ちゃんと仕事して戻ってくる事を願いますよ」





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