-56:フレバのデンファレな夜-
「夜遅くにごめんなさいね。出立の準備で疲れていると思って、ココア持ってきたの」
「ありがとうございます。シエーラさん」
ファルシュは突然の来客に驚きながらも、温かなココアで身体を温めた。
―56:フレバのデンファレな夜
「どのくらい準備は進みましたの?」
「そうですね、大体終わりという感じでしょうか」
受け取ったココアをもう一口飲んだファルシュの横から顔を出し、シエーラは部屋の中を覗いた。月明かりと、部屋のろうそくの明かりがぼんやりとファルシュの部屋を照らす。荷物は大体まとまっており、ファルシュの手際の良さも伺う事が出来た。
シエーラがじっと覗いているのでファルシュは少し居心地が悪くなった。
「あの、あんまり見られると何だか恥ずかしいですね」
「そう? 変なものでも入っているのかしら?」
「変なものって何ですか」
ファルシュは笑って、少し冷めたココアを飲み切る。
「ありがとうございました。これで夜も良く眠れそうです」
「良かったわ。……でも、明日出ていくとなると少し寂しくなるわ」
「そうですか? そう思っていただけると何だか嬉しいですね」
ココアの入っていたマグカップをシエーラに渡しながらファルシュはくすりと笑う。シエーラはため息を吐いてファルシュを見つめた。
「あれ、ちょっとこれはいけませんでしたか?」
「こっちは寂しいと言っているのに。少し不謹慎と言うか何と言うか、ね」
「すいません。今日は謝ってばかりですね。それでは、明日の準備もありますので。ココア、ありがとうございました」
ファルシュはシエーラが出ていくと思い、しばらくドアの前に立っていたが、シエーラにその気配がない。ファルシュはシエーラの顔を覗き込んでみると、そこには涙を流すシエーラの姿があった。
自分は何もしていない事を思い返しながら、どうしたらよいのかファルシュは辺りをきょろきょろ見渡した。そんな事をしても、部屋にいるのはファルシュとシエーラのみで助け舟を出す人間はどこにも居ない。
「本当に明日行ってしまうの?」
「え、それは……」
「ねえ」
シエーラはファルシュの胸に顔を寄せ、縋り付いてきた。それにはファルシュも動揺をせざるを得なく、ますますどうしたらいいのか分からなくなっていく。
「あの、シエーラさん……? 気持ちは分かりますが、こんな事をしても他の2人の事もありますし」
何とかなだめようと、ファルシュは試みるが、顔を埋めたシエーラの表情は見えない。
「本当に、行くの? いいえ、逃がさない。折角の、あの子たちの、栄養を」
月明かりがシエーラの顔を照らす。その顔は涙に濡れてはいなかった。
*****
仕事の時が来た。
今日の月は明るい。夜だと言うのに明るいから動きにくくて仕方がない。
こうして一つ一つ潰していっているのだが、一向に変わらない現状に飽き飽きしていると言えばそうだ。しかし、誰かが動かなければこの世界はさらに駄目になっていく。特に、この国で行われているある実験は絶対に進めていってはならない。
それを分かっているはずなのに、すぐ力に頼りたがる。これはそんな簡単に扱える力でもなければ、あって良い力だとも思わない。女神は何故このような力を人間に授けたのか。それがそもそもの間違いだった。いつしか、アルセア・帝国戦争を引き起こした国王のように、今もその力を求め各地で根を張っている人間のように、くだらない存在が生まれる事を考えたはずだ。
分からない。そうまでして、与えるべき力だったのだろうか。
しかし、そんな事今言っていても仕方がないか。時は進み続けている。だから動くしかないのだ。立ち止まっていては何も変わらないし、始まらない。
たとえそれが、正しい事なのか分からないとしても、だ。
「1人で大丈夫か?」
「……」
「折角心配しているのに無視ですか。可愛くないな~。すでに目標は『花の栄養』とやらをとりに行っているみたいですよ。多分、何も知らず、あの花屋に助けられた人の中から選ぶんじゃないですかね。そろそろ行ってあげないと手遅れになりそうな気もしますが……。本当に1人で――」
1人置き去りにして仕事をしに行く。
「全く……。本当に可愛くないな。まあ、私は1人此処で待機しているとしますか。ちゃんと仕事して戻ってくる事を願いますよ」




