-55:まるでジンチョウゲ-
私はいつから吸血鬼と呼ばれるようになったのだろうか。
そう、それは魅力的なあの方に、魅力的なあのお話をしてもらった時からだったか。
―55: まるでジンチョウゲ
フレバは一年中花が咲き乱れ、私の心を満たしてくれた。花を好きになったのは当然の事。フレバに居れば誰しも心を奪われた。四季折々に色づく花。変わっていく花たち。
特に、私の心を奪った花がある。
その花はある理由があり育てる事が出来ない。私はおかしいと思った。私が心惹かれるのだから、この世界に同じような感覚を持つものは必ずいる、と。一度見ればきっと誰もが手を伸ばしその花をこの手に収めようとするだろう。実際、その花は昔育てられていた事があるのだから。
フレバで行われたその花の大量育成はフレバの汚点とされているかもしれない。人々にとっては語りたくないものもいるだろう。「花の町」と言われるには相応しくない歴史がこの町には隠されていた。
そんな花を私がいつ見たか、それはある標本を見たからだ。フレバにあり、唯一残ったその花を見る事が出来るのは花の博物館。その花は樹脂で固められておりながらも、私の心をつかんで離さなかった。
鮮やかなその色と、その感動を今も忘れることなく私は胸の中にしまっている。
ちなみに、その花はもうそこには飾っていない。だって、なくなってしまったのだから仕様の無い事だ。
「君は毎日その花を見ているね」
毎日博物館に通っていたその頃、1人の男に話しかけられた。それほど若くなく、おじいさんとまで言って良いのか分からないくらいの年で、身なりがきちんとしていたのを覚えている。
「この花が大好きなんです。でも、この花はここでしか見られない。樹脂で固められているからこの艶やかな花びらに触れる事すらできないのです」
「そうか、そこまで言うのであれば君が作ったらどうだい」
私は驚いた。自分がこの花を作ってしまおうという考えは思いつかなかったからだ。しかし、この花は育成が出来ない花。この世界ではこの一本だけになってしまった花だ。作り方も知らなければ、作るための場所もない。
ナイスアイデアと私も心躍らせたのだが、現実はそう甘くないとしばらく考えたのち思った。
「でも、無理ですよ」
「私はね、少々力を持っている者でね。この花の育て方、資金面などもし君が本気でやりたいのであれば援助させてもらうよ」
「……それは」
私は疑った。これ以上ない話だ。今まで叶う事の無い、実らぬ恋が叶うとこの男は囁いている。美味しい話には何か裏がある。簡単に信じてはいけないような気がした。
「疑っているだろうね。では、まず君の信用を得る為に、この花の育成法が記された本を用意しよう」
そして、男は本当に育成法が書かれた本を用意した。
本を手に取った時、私は気持ちが高ぶった。本当にこの人は私の事を助けてくれるのだと思い始めた。
「では、君にこの花を育てるだけの土地を用意しよう。表向きは花屋とすればいい」
男は私に土地と花屋を用意した。
「そうか、ではこのお金を使って育てる準備をするといい」
男は私に十分足りるだけのお金を用意した。
ある日、博物館に併設されているカフェで私は男に尋ねた。
「なぜ、私にここまでしてくださるのですか?」
「そうだね……。これはあくまでも投資だ。君の儲けは君だけのものではないだろう? だから、その利益、私にも分けてくれないか。ああ、断ると言う選択肢は勿論、ないだろうね」
「ええ、そうね。私は花を育てられる。そして、あなたはお金を手にできる」
私が微笑むとその男も微笑んだ。
「改めて、私はシエーラよ。この御恩忘れはしないわ」
「シエーラよ、その言葉心に刻んでおくと良い」
男は帽子を被り、立ち上がった。
「私はデイル。お前の望みを叶えた者だ」
月を眺めながら私はそれ以来、彼の姿は見ていないな、とぼんやり考えた。
それでも良い、私はうっとりと目の前にある花を見つめ、触れる。
「さてと、あなたたちに栄養を与える時間ね。待っていて」
私は返事もしない花に微笑みかけた。




