-54:ルリタマアザミの眼差しが向く先は-
手紙を渡し終えたルーナの耳に飛び込んできたのは予想もしなかった言葉だった。
「こんな話を聞いたんです。あなたは『吸血鬼』だと。面白い事を言う人もありますね。真実なのですか?」
ファルシュはおどけて見せながら尋ねる。この町に来て、この花屋に世話になり始めてからちらほらと聞く、シエーラが吸血鬼だという事。
夕焼けはいつしか色を変え、夜へと近づいていっている。振り返り、ファルシュと対峙するシエーラにも影が落ちた。
「いったい誰がそんな事を? それに吸血鬼だなんて今の時代、いるはずないでしょう」
「……そう、ですよね。失礼しました。すいません」
―54:ルリタマアザミの眼差しが向く先は
フレバには1つの噂がある。
それは、ある花屋に行き、薔薇を手にすると必ず、棘に指をさされてしまう。小さな傷の筈なのに、溢れる血は中々止まらず、零れ落ちていく。
薔薇に棘があるのは至極当然の事で触れれば怪我をするのは当たり前。しかし、毎回となると話は別になってくる。いつしか、人々はその花屋には吸血鬼がいると言い、近づかなくなってしまった。
しかし、今でも夜な夜な血を求めて誰かの血が奪われているのではないか、何も知らない旅人から血を奪っているのではないか、そんな嘘だか本当だか分からないような話もこの町には溢れていた。
そして、その花屋こそ、シエーラの花屋であったという事だ。その話を偶然聞いたファルシュは聞かずにはいられなかったのだ。本当にそうであれば、この花屋に留まっている事も危険だと考えた。確かめる方法は直球。本人に確かめると言う行動をとった。だが、シエーラの返答はそれを否定した。当然と言えば当然となるだろうが。
「ファルシュ、今の話……」
「ルーナ、聞いていたのですか?」
廊下に出ると、心配そうな表情のルーナに出くわし、ファルシュは少し困惑した。
「心配しないで。ただの噂話ですよ。今の時代に吸血鬼だなんて、非現実的です」
「そう?」
「はい。俺は部屋に戻りますね。夕食の時また」
ルーナを背にして歩きだしたファルシュは表情を変えた。後ろにいたルーナがそれに気が付く事は無く、夕食の準備をするために、シエーラのところに向かった。
それから、夕食の時間は何でも無い様に過ぎ、先ほどファルシュとシエーラが話していたような少し近寄りがたい空気をルーナは感じなかった。
「明日にはここを出ていく。世話になりました」
「あら、もう出ていってしまうの?」
「俺の怪我も良くなりましたし。もう、傷も塞がったので」
「そうね、いつまでも留まる事は出来なものね」
リースがそう言い、席を立つ。怪我をして、ベッドの上にいる事が多かったリースだが、最近は良く動くようになり、怪我でなまっていた身体の感覚を取り戻すようにしていた。左腕にはまだルーナの作ったブレスレットが着けられており、シエーラがそれを見た時は微笑んでいた。ルーナはそれを見て赤くなっていたのだが、それをリースは知らない。
リースの突然の決定にルーナは驚いたが、これ以上いたらまた、厄介な人たちに追い付かれてしまうだろうとルーナも渋々納得したのだった。
「ルーナ、入るぞ」
ルーナの部屋にノックの音が鳴り響き、入ってきたのはリースだった。出ていく準備をしていたルーナは何事かと首を傾げる。ドアの近くに寄っていったが、リースが「閉める」と言い、ドアを閉じた。
ドアの前で2人立って話す形となった。
「今日、シエーラに何か言ったか?」
「え、私は何も……」
「私は、か」
リースを見上げ、何かとルーナは思う。薄暗い、夜の中ではリースの表情が見て取れない。
リースは少し小さめの声で話し続ける。
「ファルシュが何か言ったか?」
「……あ」
「なんだ」
「シエーラさんが『吸血鬼』じゃないかって」
「分かった。道理で少し機嫌が悪かったのか」
リースはドアの横に寄りかかり、腕を組んだ。
機嫌が悪かったと聞き、ルーナは夕食のシエーラの様子を思い出してみるがたいして変わった所はなく、何をどう見て機嫌が悪いと判断したのか分からなかった。
「邪魔したな」
「……リース」
「……なんだ」
何故だか言いたくなったこの言葉をルーナは呟く。
「……また、明日ね」
リースは「ああ」と言いながら左手を振って部屋から出て行った。




