-53:ベロペロネな変人-
リースの怪我も治り始めた頃、時間を持て余すようになってしまったルーナは良くフードを被り、外の空気を吸っていた。ファルシュはせっせとシエーラの手伝いや、リースの世話などを率先してやっていた。ファルシュがするのは力仕事も多かったため、ルーナには手伝えない事が多い。そんな時はおつかいをしたり、公園に出て自然を味わったりしていた。
「こんにちは~。ちょっといいですか?」
思いもよらない声に驚く。ルーナは辺りを見て、自分しかいない事を確かめる。
「そうですよ、貴女に話しかけているんです。お嬢さん」
ぼさぼさの金髪天然パーマ。帽子をかぶっており、顎には髭。
(これは、逃げた方が良いのでは?)
―53:ベロペロネな変人
「そんなに怪しまないでくださいよ。私はトリック・トラップと申します」
オレンジ色の温かみのある瞳がルーナを安心させようと見つめてくる。それでも、ルーナは逃げる算段を考えつつ、その男に対峙していた。フードを目深にかぶり、相手の視線を断ち切り何も聞こえないようにする。ゆっくりと立ち上がり、男を背に一歩踏み出す。
「待ってよ、ルーナさん」
「え」
振り向くと、ニコニコとしているトリックと名乗った男がいた。自分の名を知るはずもない男が自分の名前を言って見せたのだ、その足は止まる。たまたま言って当たったとは言い難いその口調と表情に、ルーナはますます不信感を募らせた。
「あれ、もしかして逆効果でした? ははは。じゃあ、こう言えばいいのかな。私はリース・グレイのお友達です、と」
「リース、の?」
「やっと、話してくれましたね。ルーナ・スタートルテさん」
ルーナは仕方がなくこの男の話を聞こうと、2人でベンチに腰掛けた。さすがにすぐ隣に座る事はためらわれ、微妙に間隔をあけて座ると、トリックは残念そうな顔をした。
さすがのルーナも間隔を開けずに座るほど警戒心がないわけでない。今までの旅の中で十分思い知らされてきた危険というものにうんざりしているのだ。リースの名前が出た事で少しは警戒心を解いたが、完全に解き切れてはいない。
「貴女の事を知っているのはリースに頼まれていたからなのですよ。フレバに寄る事があれば世話になると言われていて。折角いつでも来られるように準備万端でいたのですけどね。貴女方は今どこにいらっしゃるのですか?」
始めは少し軽い人間なのかと思ってルーナは構えていが、案外言葉は丁寧で、見た目のみすぼらしさと言うか、だらしなさを感じさせなかった。ただ、少し、一つの話が長いとルーナは感じていた。言葉もリズミカルに陽気に話すものだから別に鬱陶しくはないのだが。
「シエーラさんと言う、お花屋さんをしている方のお世話になっています」
「……シエーラ、か」
「何か?」
「あ、いえ。女性でしたらやはり女性の方の家の方が安心ですよね。私はもっとも年上が好みですのでそういった心配はありませんから、フレバに来た際はいつでもいらしてくださいね。……っと、話がそれました。リースは何をしているのです? 女性を1人歩かせているなど、私が変質者であったなら危ない所ですよ」
十分今も危ない所ではないのかと心の中でルーナは思ったのだが、それは言わないでおく。しかし、言いたいことが顔に出ているのか、トリックは「私は勿論違いますよ」とすかさず言った。
「ここに来る途中で怪我をしまして。もう少しで治りそうですが」
「ほほう。では、これをリースに渡してくださいませんか? 色々とパワグスタで情報屋にお願いをしていったと思いますから、その情報を預かってきたのですよ。リースが怪我をするとは思ってもいませんでしたけれどね。さすがに今からパワグスタに行くのは気が退けますでしょう? ダグライもそこのところよく分かっているようで、私に頼んだのですよ。丁度、記念式典の事件を野次馬として見に行っていた時でしたから」
渡されたのは1つの封筒だった。真っ白で何も書かれていない。封はしっかりと閉じられており、中身を外から確認する事は出来ないだろう。
ダグライとも知り合いなのかと思うとルーナは少し不思議な気がしたが、トリックはまた、懐から封筒を取り出して、ルーナに差し出した。
「そしてこれは私からリースへのラブレターです。あ、これは冗談で言ったものですよ? 私は女性が大好きです。しかしご安心を。先ほども言いましたが私は年上の女性が好みです。私の好みなど聞いてもつまらないでしょうが意外と重要な事だと思いませんか?」
「は、はあ……」
2つ目の封筒にはリースへと書いてあり、裏にはトリック・トラップと書き記してあった。こちらも封はきちんと閉じてある。
「では、私はこれで」
「あ、あの」
「貴女の行く先が幸せである事を願いますよ。ルーナさん」
立ち上がり、ひらりと身をひるがえしてトリックは去っていった。残ったルーナは手の中にある2つの封筒を眺めたあと、トリックの後姿が消えた方向を見つめていた。
日が暮れてきたこともあり、シエーラの花屋に戻ったルーナはまっすぐリースの部屋に向かう。ドアをノックして入ると窓際で椅子に腰かけているリースがいた。
「もう起き上がって良いの?」
「ああ、もうだいぶ良い」
「……あのね、これ」
差し出した封筒を見て眉間に皺を寄せるリース。受け取り、裏返す。
「……トリック」
「その人に渡されて」
「お前、会ったのか」
「うん。リースの友達って」
「余計な事を。……言っておくがあいつは友達じゃないからな。知り合いだ知り合い」
心底嫌そうに顔を歪め、リースはトリックからの手紙を読んだ。
「……いつまでいる」
「あ、ご、ごめん。じゃあ、ね」
パタンと閉じたドアを見て、リースはまた手紙に視線を戻す。
「……ったく、面倒くさい」




