-48:シャクナゲな女性-
やはり、この状況下でルーナは動く事が出来ないでいた。普段はあまり動じることが少ないのだが、こういった状況はどうしても、彼女には駄目なのだ。後ろでしゃがみ込み、小さく震えるルーナにリースは気を遣いつつ、目の前にいる金色の瞳を持ったユースリアと対峙していた。
(金色の、瞳、私、知っている)
ルーナが震えているのは目の前の恐怖だけではなかった。金色に輝く瞳があの日の事を思い出させるのだ。彼女の頭の中にはあの日の出来事が思い起こされている。
満月の夜。赤い水溜まりに投げ出された四肢、光るモノクル越しに見つめる、金色の瞳。
―48:シャクナゲな女性
リースは目の前にいるユースリアの様子を伺っていた。特に動く様子もないが、身体の中が気持ち悪いと感じていた。彼女の瞳は金色に光っているのだが、瞳の奥には彼女の意志が何にも感じられないのだ。何にも感じていない、人形の様な瞳。
「ルーナ」
「……っ」
後ろを向きながらルーナに声をかけるが、その返事は恐怖のあまり、声になってはいなかった。そんな彼女を1人で逃がすわけにいかない事がはっきりとリースに分かる。
(厄介な2人に周りには潜んでいる何人かもいるしな……。さて、この状況どう切り抜ける)
リースは大きく息を吐いた。そして、前を見据える。
風が通り抜けて、リースの漆黒の髪の毛が揺れた。
「……邪魔は少ない方に限る。敵なら女も仕方がない、な」
言うなり、リースは地面を蹴ってユースリアの真横に移動する。虚ろなユースリアの目がリースを捉える。その瞬間リースは彼女の視界から消える。
ユースリアの身体が傾き、視界が揺れる。だが、彼女も体制を建て直し、リースと一定の距離を保った。
ルーナの正面で向き合う形となっており、ルーナは地面に手をついてその様子を見つめた。
ユースリアは脇に下げていた剣を抜く。細身の剣を持った右腕はだらんと垂れ下がっている。その力ない様子は見ているルーナにとって辛いものであった。
(どうして、どうして……)
疑問が湧き上がってきて、溢れ出してもまだ止まらない。恐怖と疑問、その2つが今のルーナを支配してしまっていた。
そんなルーナは置いていかれて、リースとユースリアは剣を交えている。
両手にナイフを持ちながらリースは対抗し、時々距離を取ると、そのナイフを投げるなど近接するだけでなく応戦していた。手の中から放たれるナイフだが、次の瞬間には彼の手の中に新しいものが握られている。
人形の様なユースリアは無感情のままその攻撃を躱していた。フラフラとしているのだが、攻撃は避けていて、疲労も感じさせない。
「……ちっ」
リースがナイフを放った後、すぐさま、回し蹴りを繰り出す。反応が遅れたユースリアは蹴とばされ、後方に飛ばされる。体制を崩したところで一気に距離を詰めるリース。
そのリースを金色の髪の毛の奥から鋭い、瞳が捉えた。
「……あっ」
リースが優勢かと思っていたルーナは目の前で膝をつき、苦しそうに肩で息をするそのリースの姿に声が漏れた。よく見ると、リースの顔は汗が滲んでおり、前髪が顔に張り付いている。一方、ゆらりと立ち上がったユースリアは涼しい顔をしている。
リースを見下ろし、一瞥したユースリアはルーナを見る。そして、剣をしまいながらルーナに近づいて行った。
「……ユー、スリア、さん」
*****
ファルシュは目の前にいるオッドアイの女性はただ者ではないとその雰囲気で感じていた。構える刀に力が入る。険しい表情をしたファルシュとは対照的にオッドアイの女性は楽しそうに笑っている。
その表情に気味の悪さ感じたファルシュが眉を顰める。瞬きをすると、目の前の女性は消えていた。
ファルシュがハッとした時には目の前に青と赤の瞳が映る。
慌てて後ろに下がり、双剣で上段から続けざまに来た攻撃をファルシュは受け止める。
「あなたたちは何だ」
「そうね、今はシャクナゲ、と呼んで? 答えになってないかしら」
笑みを残して、シャクナゲ、と名乗ったオッドアイの女性は下がる。そのまま、2本の剣で乱舞のように攻撃を繰り出してくる。ファルシュも無駄のない動きで、躱していく。
「あら、なかなかね」
シャクナゲは楽しそうに笑いながら、攻撃のさなかそう言った。
「……でも、もう少しね」
笑っていた顔が急に無表情に変わり、ファルシュは右手が痺れる感覚に襲われた。気が付くと右手に握られていた刀は無くなっていた。
シャクナゲの動きがファルシュにはスローになって見えた。
ファルシュはお腹を思い切り蹴られ、後方に飛ばされる。手をついて、勢いを緩める。すぐに動こうとするが、目の前に影が落ちる。
「ぐっ、ぁあ……!」
次の瞬間に、左の手の甲に剣が付きたてられる。目にしてしまった事がさらに、その痛みを酷くさせる。ファルシュは引き抜かれた後、左手を押さえた。
「もっと、叫んでもいいのに」
残念そうな声が、ファルシュの頭の上から降りかかる。ファルシュはグッと力を込める。
「……では、あなたが叫べばいい」
ファルシュは懐から短剣を出し、斬りつける。不意を突かれたせいで、シャクナゲの脇腹が切り裂かれる。
シャクナゲは痛みからなのか、怒りからなのか、ファルシュを鋭い目で見る。脇腹を押さえながら後ずさる。
ファルシュは血で染まる左手をそのままに立ち上がった。滴り落ちる血が地面に染みをつくる。
「つかまえた」
苦虫を噛み潰したような顔になったシャクナゲだが、横からの声にその笑みを取り戻した。
「ユースリア、お手柄」
「……ルーナ!」
ファルシュは腕を掴まれ、ユースリアに引きずられてきたルーナを見て目を見開いた。リースはどうしたのかと、視線を向けると、リースは苦しそうに、地面に手を付いていた。もう一度視線を戻す。
その時、ユースリアとファルシュの目が合う。
(何だ、この、力が無くなっていく感じは……)
金色の瞳から、ファルシュは慌てて目を逸らす。しかし、急に何とかその場に立っていられる状態に陥ってしまう。
「もう、行くよ。後は周りの奴らでも十分でしょう」
ガサガサと周りの気配が動き出す。ユースリアとシャクナゲも嫌がるルーナを引っ張って行こうとする。
「……させるか」
その時、リースはユースリアの腕を斬りつけ、ルーナの腕を引き自分の方へ寄せる。腕に抱かれたような形になったルーナは安心から泣き出しそうになる。
だが、それはすぐに不安の涙へと変わる。
ルーナの目の前に赤い花弁が舞う。
ユースリアの剣をシャクナゲが後ろから抜き、リースを切り裂いたのだ。だが、リースもその瞬間ナイフを放ち、ユースリアの肩にはそれが刺さる。
「このっ!」
シャクナゲが苛立ったように言うと、リースは薄く笑った。それを見て、シャクナゲはパチンと、指を鳴らす。
周りにいる人間の気配が濃くなる。
(また、私の知る人が、いなくなるのは、嫌だ……!)
ルーナはやっとギリギリ立っている状態のリースの服をグッと掴んだ。
強い、強い風が吹き抜け、人々は地面に崩れ落ちて行った。
「……え」
目の前で倒れるユースリアとシャクナゲ。周りを見ると、人の気配がしない事にルーナは驚く。
「ルーナ、その、金色の瞳……」
ファルシュはルーナと目が合うと、その瞳の色に驚いてそう、呟く。
沈黙がその場に訪れた。




