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「今後はファルシュと呼んでくれ。気軽に話してくれていい。その方が俺にとって良さそうだ。まあ、あなたは皇子と知っても気軽に話していたけれど」
少し、安心したのか、彼の表情は柔らかくなっていた。その彼はリースに向かって苦笑いする。
「私はルーナ、こう見えても17歳。ええと、よろしくお願いしますね、ファルシュ」
次はリースと言わんばかりにルーナはリースを見つめるが、言いそうにないリースを見て、ルーナは肩を叩く。面倒くさそうにしたリースだが渋々話し始める。
「俺はリース・グレイ」
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「本当に俺たちについて来ていいのか。よく道で出会った赤の他人と旅をしようと思うよな」
「今の俺にとっては赤の他人の方が安心できるんですよ。命も救ってもらいましたし。それに言いましたが、あなたは多分俺を帝国に売ろうとはしないでしょう。そうしたら、アルセアにもいる『ろくでもない奴』が得をするようですから」
彼も一人称を変えていたり、少し砕けた言葉で話していたりしていた。こうしていると、ただのウロストセリア人に見えなくもない。しかし、やはり顔を変える事は出来ない。見る人が見れば皇子だろう。
わずかな笑みと共に言ったファルシュに、リースはやはり一国の皇子なのだという事を思い知らされる。ルーナと旅をしてきた事によりこういった人間といるとどうも慣れない気がするリースだが、面白さを感じていた。
「今は一刻も早く先生のもとに向かいたいですね」
荷物をまとめる手伝いをしながらファルシュはそう言った。
1日経った今でも、町では記念式典の事件の話で持ち切りだった。まだ騒がれている事やファルシュの事を考え、町を出るのは早いかと考えていた2人であったが、ファルシュが自分はもう大丈夫だと言い、聖都へ行く事を強く望んだ為に町を出る事が決まった。
ルーナが宿屋の手続きをしてる間、男2人で荷物をまとめているのだ。
「国には信用できる奴はいないのか」
「……兄がいます。兄は俺を認めてくれている」
兄である第一皇子を思い出しているのか、その表情は嬉しそうだった。リースはその表情を見て何も言えないでしまっていた。
「リースには兄弟、いるんですか?」
「……どうしてそう思う」
「面倒見がいいと思いまして、弟か妹がいたんじゃないかと」
リースはクスッと笑う。
「惜しいな」
追及しようとしたファルシュの言葉はルーナが手続きを終えてきた事で、外に発せられる事は無かった。
しかし、笑った時のリースの表情はなんだか哀しそうで嬉しそうなそんな感じであった事がファルシュには分かった。
「セルトラリアを突っ切っていって方が良いが、それだと余計に掛かりそうだ。セルトラリアの南側、フレバ辺りを経由して聖都、クリスタスに向かう」
「何故余計に掛かると?」
「こいつもどうやらお尋ね者らしい」
「私は知らないわよ!」
地図を広げたテーブルを取り囲んでルートを説明するリースはルーナに睨まれていた。ファルシュは厄介事が増えるとはこういう事だったのかとその2人を見て思ったのだ。すでに、ルーナが何かしらの厄介事を抱えているらしい、と事が。
「ファルシュはフード深く被っていろ、ルーナはそのままでいいけど、堂々としていろ」
「私は被っていなくていいの?」
「フード深く被った2人を引き連れ歩く俺が目立つ」
ルーナは思わず自分とファルシュがフードを深く被ってリースの後ろを歩く姿を想像した。確かにその光景は不審でしかない。悪目立ちし過ぎてこの先何回も騎士団に捕まってしまいそうだ。
「俺も堂々と出来たらいいが、少し無理があるかな」
「その髪の毛は目立つ。いくらウロストセリア人に敵対心の無いアルセアでも、この事件の後じゃ目立って仕方がない」
ある程度ルートが決まったところでそれぞれ荷物を持って部屋を後にする。
「何だか、あんまりいられなかった気がする」
「俺は結構いたけどな」
名残惜しそうにルーナは言った。
その表情をファルシュはちらりと見やる。
「お前があんまりここにいても良い事は無い。それに、式典は終わった。さっさと出る事に限る」
ファルシュは何か言おうとしたが、それをリースが遮る。それを聞いたルーナもそれもそうか、と納得して歩くのであった。
ファルシュはリースにぺこりと頭を下げる。リースは一瞥しただけで何も言っては来なかった。
「ファルシュ、リースに頭なんか下げてどうしたの?」
「いや、彼は面白い人だと思ってね」
言っている意味が全く分からないルーナは首を傾げるしかなかった。ファルシュは何か言ってくれるかともルーナは思ったが、微笑むだけで躱された。
何だか面白くない気分のまま、3人はパワグスタを後にする。
*****
「いらっしゃい、何名様ですか」
笑顔でいつものように客を迎えた宿屋の店主だったが、訪れたのがただの客ではないという事がその場の雰囲気で感じられた。
2人入って来たうちの女性のうち1人が前に出た。にこやかに笑ってはいるが、左右色の違う瞳の奥は何を考えているか分からなかった。もう1人の女性は金色の髪の毛に、桃色の瞳と可愛らしいのだが、無表情のままで気味が悪い。
「聞きたい事があるんです。ここにブロンドの髪の毛を持ち、くりくりした黄緑色の瞳を持つ少女は来なかったかしらぁ?」
*****
幾つか顔にしわが刻まれた男が見ていた報告には、隣国の皇子が何者かによって殺されてしまった事が書かれており、式典が行われた当時の状況、現在の調べがまとめられていた。
「さて、皇帝は宣戦布告してくるに違いない。アルセアがヒールの様だが、勝てば関係あるまい。あの娘も見つけた事だし、メルクラムからも面白い報告を受けたしな。私が進めて来た『アルセア』も日の目を見るは近いだろうな」
「道化師の存在はどうするのですか」
「まあ、邪魔に変わりはないが、国レベルでの事態、どうする事も出来まい」
見ていた資料を机の上に投げ出し、年を重ねた笑い声が、部屋の中に響く。
「メリケン、私は嬉しいよ。この生ぬるいアルセア国にある武器ともいえるもの。神から授けられた『神仕え』の力これを使わないでどうする。今こそ隣国に知らしめるべきだ。この大いなる力を。その件に関しては、先代の王を私は尊敬するがね」
「……私はそろそろ戻ります。アズウェルの留守を任されておりますので」
メリケンと言われていた男は頭を下げてその男に背を向けた。メリケンもまた年をだいぶ重ねているが、騎士だからであろうか、鍛えられたがっしりとした肉体をしていた。
その広い背中を男は見つめる。
「お前が望めば、また騎士団長に戻しても良いのだぞ」
メリケンは一瞬手をかけたドアノブを回す動きが止まったが、男に答えないまま扉を開けて出て行った。
「……生ぬるい」
出て行った男の背中を思い出しながら、呟いた。




