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リヒトは泣きそうになる気持ちを必死に抑えて、走った。どこまで行けばいいのかもわからずに、1人はただ走る事しか出来なかった。
誰も信じられなくなった。信頼できるのはたった1人。そう、たった1人であった。
―42:opfer
「ウロストセリアの皇子は見つかったか」
「いえ、まだです」
煙の立ち込めるステージから離れたところに出たアズウェルとジルファはそこにいた騎士に状況を聞いた。
アルセアの騎士は逃げる人々の誘導をしており、けが人もそこで対処している様であった。何とか、騎士の動きは悪くないとアズウェルは一安心する。それでも、心配の大半を占めているのは、他国の皇子が見当たらない事であった。国賓として呼んでいる為、無事に返さなければいけない。
「まずいな……。帝国の兵士たちは?」
「それが、こちらも見当たらないのです」
「煙の中、皇子を探しているのか……。分かった、ここは任せる。ジルファ、2名ほど連れて来い、リヒト皇子の捜索に当たる」
アズウェルから指示を受けたジルファは、頷き、比較的手の空いている騎士に声をかけて行った。そして、アズウェル含む4人はリヒトの無事を確かめるために煙の立ち込める中へと入っていった。
「まだ、この騒ぎの犯人がいる可能性もある。怪しい奴は捕まえろ。第一に皇子の安全確保。気を引き締めていけ」
「了解しました」
騎士たちは腰に付けた剣の柄を握りしめながら、それぞれの方向へ進んで行った。
*****
小規模な爆発はまだ続いているのか、煙幕を張っているのか、煙は依然として薄まる事は無く、視界を悪くしていた。ステージ丸ごと、煙のドームに包まれてしまっている。その中では金属音が響いている。
ミュレットはウロストセリアの兵士たちの攻撃を剣で弾きながら、煙の外へ出ようとした。煙の中だからこそ、ウロストセリアの兵士たちも動く事が出来るのだと、考えていたのだ。
(しかし、これがもし、アルセア側の策略であったとしたら……)
そんな考えを巡らせながら一撃を受け止めていく。
「あなたも可哀想なお人だ」
「黙れ」
ミュレットはつばぜり合いになっていた兵士を力で押しのける。力で押しのけた事で、押しのけた後に一瞬気が緩む。
「やぁっ!」
「……っは!?」
背後の兵士に気が付き、振り返った時、ミュレットの目の前に鈍く光る銀色が迫った。
(リヒト、さま……。メイ……)
その時ひときわ大きい爆発音が鳴り響いた。
*****
爆発が起こった後、ジルファはその爆発が大きかったところに駆け寄った。火薬のにおいと何かが焦げた匂いが充満している。
地面に倒れているのは白い髪の毛を、赤色に染めた、ウロストセリア人たちだった。その中には、先ほどジルファが声をかけたアルセアの騎士の姿もあった。
ひび割れた地面に、滴り落ちる鮮やかな赤。
ジルファはその中を歩き、地面に目を配る。
「……これは」
ジルファは見覚えのある服装に、顔をしかめる。瓦礫を退けて、その人物の顔を確かめる。瓦礫がジルファの手で避けられ、瓦礫の中で浮き上がる白い髪の毛が現れる。白い髪の毛の下に潜んでいたのは、見開かれたウルトラマリンの瞳だった。
ジルファは顔をしかめたまま、首元に手を当てる。感じられるはずのリズムはジルファの手に伝わってこなかった。首元に当てていた手を目元に持っていき、瞼を閉じてやる。
「騎士団長殿!」
アズウェルが来るまで、ジルファは周りに倒れている人間を見て回る。奇跡を信じたのだが、誰一人として温もりを感じる事が出来なかった。
「ジルファ、これは……」
「ウロストセリア帝国第二皇子、リヒト・ウロスタリア様を発見致しました」
アズウェルがジルファを伺い見ると彼は首を横に振った。アズウェルは苦虫を噛み潰したような顔になり、大きなため息を吐いた。
風が強く吹き始め、辺りに立ち込めていた煙は徐々に薄まっていった。それにより、この和平条約締結5周年記念式典のステージがどんな状況なのかが浮き彫りとなる。
ウロストセリア帝国第二皇子が担架で運ばれていく。その後ろを同じように兵士や騎士が運ばれていった。ウロストセリアの兵士たちはその担架を見て泣く者もあれば、アルセアの騎士を睨む者もあった。
「アルセア国騎士団長、アズウェル殿」
その様子を見ていたアズウェルの前に、ウロストセリアの皇子の護衛をしていた者が現れる。護衛の指揮を執っていた年配の兵士はぎろりとアズウェルを見る。
「この事、許される事ではございませんぞ。皇帝陛下はお怒りになられる事でしょう」
「犯人は捕まえます。……それに、まだ、こちら側がこれを起こしたとは限らない。共に調べを進めて欲しいと思います。ご協力願えますか」
「構いませんよ。まあ、どうせアルセア側に非があるのでしょうから」
それだけ言って年配の兵士は去っていった。
「アズウェル騎士団長、何故ウロストセリアにも協力を促したのですか?」
隣にいた騎士がウロストセリアの兵士の後姿を睨みながら言った。
「我々だけが調べると言えばまた、嫌味を言われる」
「……まさか、これを隠蔽しようという動きが俺らにあると?」
「そんなところだ」
「失礼ですね。俺たちだってこんな事分からなかったんですから」
騎士は腹が立ったのか表情をさらに険しくしてウロストセリアの兵士を睨んだ。アズウェルはそれを制して、騎士にけが人の手当てに行くように指示した。
「どう思われますか。アルセア側の意図なのか、ウロストセリア側の意図なのか」
「ウロストセリアに罪の意識を持っているアルセアにとって、今回の事は考えにくい。ウロストセリアには復讐という面で十分に動機がある。だが、和平を結んだのにも関わらずそれを自ら破る形で復讐をしてはウロストセリアとしてはどうなんだろうな、という点もある」
アズウェルは難しい表情をして考える。それを整理するかのようにジルファに向けて話していた。
「しかし、それに国のお偉いさんが関わっていたとしたら、どちらがこのような事を起こしても疑問はありませんね」
「……ウロストセリアの事は分からないが、アルセア側では誰の事言っているんだ」
アズウェルはジルファを険しい表情で見る。
「ファスタシア・K・キューズ、ですよ」




