-41:verwirrung-
ウロストセリアの象徴である蛇が1本の剣に巻き付いた、深緑の国の旗が靡いている。壇上に飾られたそれの近くに、その国の皇子はいた。広場に集まった両国の国民に笑顔で手を振る。まだ幼い様に思われるが、そのあざやかな紫みの青の瞳には深い何かを感じる事が出来る。ウロストセリア人の特徴である白い髪の毛によって、それはさらに濃く感じられる。
リヒトは広場全体を見渡し、手を振った後、静かに腰を下ろした。
「お前よりもたった2つ上とは思えないな」
リースが皇子の様子を見てルーナに言った。それは人々の歓声の中でもルーナの耳には届いてしまい、声の代わりに目でリースに訴えかける。
「悪いな、2年は相当でかいようだ」
またしても、ルーナに届いてはいたが、無視することが一番いいだろうと、ルーナはステージに目を向け続けた。リースの声を聞かないようにするためでもあったが、異国の皇子が実際気になって仕方がなかった。
アルセアの人間が壇上の中心で挨拶やこの式典について話し始める。
「我々アルセア国は、ウロストセリア帝国に多大なる被害を与えました、その事実は消える事は無いでしょう。我々はその事を悔いており、恥ているのです。ウロストセリア帝国大使レーラー・レイン殿の活躍もあり、締結に至ったこの和平条約はとても嬉しい事であります。これによりアルセアは歩み寄る事が出来ました。この和平条約に恥じないよう、アルセア国としてもウロストセリア帝国との関係を――」
ルーナは感心しながらもどこか上の空でその話を聞いていた。前日にリースから、大体の事は聞いていたのも大きいが、早くウロストセリア帝国第二皇子の話を聞いてみたかったのだ。
そして、長らく話していたアルセアの人間から、ウロストセリアの皇子が紹介され、皇子が中央に歩み寄る。そして、一礼して演台へ。
人々は期待に胸を膨らませていた。にこやかに笑う皇子に歓声が鳴りやまない。皇子が話し始めようと、ジェスチャーで人々の歓声を止めようとした。
そこで、歓声は悲鳴へと変貌を遂げる。
―41:verwirrung
「リヒト様!」
煙が立ち込めるステージ上、そして、広場の人々が悲鳴をあげて逃げ惑う。何も見えない中、ミュレットは自身の主人を探し回る。その声はぼんやりと、リヒトに届いていた。
リヒトが手で歓声を制しようとした瞬間、ステージで爆発が起こった。ステージにいたアルセアの人間も倒れている。ミュレットは何とかその爆風に耐えていたのだ。
視界が悪いため、足音や悲鳴がより鮮明に聞こえてきていた。
「ジルファ、どうなっている」
「煙が濃くて、把握しきれていません。いったん煙の無い所に――」
アルセアの騎士やウロストセリアの兵士もお互いに無事を確かめ合ったり、被害の状況を確認したりしていた。
「ミュレット」
煙を吸わないようにリヒトは口に手を当てて、ミュレットの姿を何とかとらえようとする。影が近づき、それはだんだんとはっきりしてくる。
それを見て、リヒトは驚く。
「ミュレット、その、格好……」
「……備えあれば、です」
ミュレットの髪型はリヒトと同じようにされており、いつもつけている眼鏡を外している。その顔はリヒトのそれと同じだった。服装は違うものの、誰もが見間違ってしまうだろう。
「リヒト様、早く逃げてください」
ミュレットはリヒトを起こしながら、力強い目で言った。
「分かった、お前もついて来い。この事、母国に知らせなければいけない」
リヒトは煙の外に出ようとするが、ミュレットがついて来ていない事に気が付く。いったん戻り、ミュレットを見つけるが、彼は全くと動く気配がなかった。ミュレットはゆっくりと、剣を抜き険しい顔をして辺りを見回している。
「何をしている、行くぞ?」
リヒトは理解できなくて、ミュレットにそう言う。
ミュレットは苦虫を噛み潰したような表情をしているだけであった。
その時、複数人の足音が聞こえて来た。ミュレットは警戒をしつつ、リヒトの側に行く。煙の中に人影があり、リヒトはその人影の腕にウロストセリアのシンボルを見つけた。
「ミュレット、帝国の兵士がいる」
「え」
リヒトの声に兵士たちも気が付いたのか足音が近づいた。目の前に帝国兵が現れ、リヒトが寄って行こうとしたが、目の前を剣が通り抜ける。
前髪の先が少し、はらりと宙に舞った。
「……え」
リヒトが間抜けな声を出した時、すでにミュレットの背後にいた。ミュレットは剣を弾き飛ばしたのか、金属音が高く鳴り響く。
金属音が鳴ったことにより、アルセアの騎士か、ウロストセリアの兵士か、辺りの焦りの声が大きくなった。
驚きで身体が動かなかったリヒトをミュレットは腕を引っ張り連れて行く。
「リヒト様、行ってください。母国の兵も味方とは限りません」
「ミュレット、これは……」
「話している時間はありません。お願いします、逃げてください」
ミュレットはリヒトを押す。
「時間稼ぎくらいは出来るでしょう」
ミュレットが紡ぐ言葉に、彼の影となる準備の良さにリヒトは気が付かされる。
「最初からこうなると、予測していたのか? 何が、いったい何故!?」
「早く行ってください。死にたいのですか!?」
リヒトは唇を噛みしめる。ミュレットは苦しそうな、悲しそうな顔をしている。自分もこんな顔をしているのかと、そっくりなミュレットをリヒトは見つめた。
「生きてまた私の影をしてくれるな」
「……必ず」
リヒトはその言葉を信じて、走るしかなかった。
「そちらに行け、ミュレット!」
リヒトはその言葉を、ミュレットに向けられた。




