-33:textilien-
皇帝は、2人の息子を平等に愛することが出来なかった。理由は分かっている。自分の経験があるあらこそ、ゾーネが言っている事を理解できなかったのだ。目の前にいる自分と同じ瞳を持った子供。同じ見た目の筈であるのにこうも、理解し難いのは何故かと、考える。
「陛下、もう、リヒトを会議に出してはいかかがですか。リヒトはこの国を私と共に良くしていけます。何故、分かっていただけないのですか」
「お前と共に、か。そうは言っていても、そのうちリヒトに食われるぞ。いつまでも、お前の下についていられなくなったらどうする。リヒト自身がこの国を背負い立つ人間になりたいと言ったら、お前はどうする」
厳しく言うが、ゾーネは顔をしかめるばかりで、皇帝の言葉に納得はしていなかった。
「リヒトは、私の手助けです。私を退け、皇帝になろうという事はありません」
「それは今の時点で、と言ったであろう。今後調子に乗り、どうなるか分からん」
「何故、リヒトをそこまで。何故、信じる事が出来ないのですか」
ゾーネは少し声を荒げて言う。リヒトはゾーネを助けるのに申し分ない人間だと、彼は認めていた。そうなのにもかかわらず、国政の会議には出席させない、政策を学ばせる師をリヒトにはつけていないなど、皇帝はリヒトを政策から遠ざけようとしていた。一般教養はさすがに師を付けていたが、それだけである。
それでも、リヒトは自ら国政を学び、ゾーネもそれを手伝い、お互い話が出来るようにまでなった。そこまで国を考えようとしているリヒトの扱いがぞんざい過ぎると思い、ゾーネは納得が出来ないのだ。
「……リヒトは間違って生まれた。元々、お前だけで十分だった。私は2番目の息子など、欲しくはなかった」
小さい声だったが、ゾーネの耳にはそれがはっきりと聞こえていた。あまりの衝撃に言葉がゾーネの口から出てこなかった。
「埒が明かん。下がれ、この話はもう聞く気はない」
皇帝はそう言って、目を閉じた。その姿を見て、これ以上もう何を言っても答えてくれないと言う、皇帝の意志がはっきりととれたため、ゾーネは深呼吸をして、自身を落ち着かせた。声を荒げて、皇帝に詰め寄りそうになったが、そんな醜態を晒せるわけにもいかず、何とか自分を制するしかなかったのだ。
皇帝を見るゾーネの目は強い意志を持っていた。
「私は陛下を、父上を尊敬しております。しかし、こればかりは同じ考えに至りません。……それでは失礼します」
皇帝に対し深く一礼すると、ゾーネは姿勢正しく部屋を出て行ったのだった。
目を開けた皇帝はクロムグリーンの瞳に、自身の息子の後姿を映した。
「ゾーネ様のお言葉も一理あるかとは思うのですが」
傍らで聞いていた者が、ゾーネを見送った後、こう進言した。
「違いあるものがあるからこそ、良いものを織りなす事もあるのかも知れぬな。……しかし、下手をすれば絡まり混乱となる」
「陛下……?」
「私は、これが混乱になるとしか思えぬ」
皇帝は閉まった扉を見つめた。
―33:textilien
ゾーネの機嫌が悪かった。それは向かいあって座り、書物を読んでいるリヒトには容易に分かった。理由を聞いてもいいのだが、ゾーネは何も言ってこないため、聞いて良いのかよく分からないリヒトは気にしないように書物を調べ、メモを書き進めていく。
リヒトの従者であるミュレットも書類の整理をしており、少し離れた机で作業をしていた。時々、紅茶を淹れてくれたり、お菓子を持ってきてくれたりもしていた。だが、今は作業に集中している。
リヒトの執務室にゾーネが来たのはほんの数十分か前の事。ウロストセリアの自然領域の確認とその保護の資料をまとめていると、急に不機嫌なゾーネが入ってきたのだった。一緒に執務をすると言っていたのだが、2人とも別々に作業をしている。
なんとも言い難い執務室の雰囲気が、気にならないようにするのだが、リヒトの気持ちは引っかかり、何度もゾーネを横目で見る。髪の毛が短く、前髪を上げている為、ゾーネの眉間の皺ははっきりとしていた。
「リヒト様、一休みいたしませんか? 詰めすぎても良くはありません。ゾーネ様もいかがでしょうか」
その雰囲気を少し柔らかくしたのはミュレットであった。
「思いつめるのも良くありませんよ、ゾーネ様」
「……すまない。そうする。ミュレット、何か休まるようなものを頼む」
「かしこまりました。リヒト様は、何かございますか」
リヒトはゾーネと同じような物を、と伝えるとミュレットは執務室を出て行った。ミュレット気遣いのおかげで少し部屋の雰囲気が柔らかくなったところで、ゾーネが苦笑いをする。
「まったく、拗ねてしまうとは、私もまだまだか」
「……私ごときが、伺っても良いかと、思うのですが。兄上、どうかいたしましたか」
リヒトが、言葉を選びながらゾーネに言うと、彼はにこやかに笑うだけであった。リヒトは何か隠している事が分かったが、これ以上聞かないで欲しいというゾーネの意志も分かったため、それ以上何かを尋ねる気にはなれなかった。
リヒトは拳をギュッと握る。
「リヒト、私は国を共に良くするのはお前だと考えている。お前は、私を助ける意志が変わらないか」
「勿論です」
「そうか……。ならば、私ごとき、などという言葉を使うことはやめなさい」
リヒトはその言葉に、はい、と自然に言葉がこぼれた。それを聞くとゾーネは笑った。先ほどまで尖っていたゾーネの纏う空気が変わり、いつもの第一皇子に戻ったのであった。




