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泣きそうになる気持ちを必死に抑えて、走った。どこまで行けばいいのかもわからずに、1人はただ走る事しか出来なかった。
誰も信じられなくなった。信頼できるのはたった1人。そう、たった1人であった。
―32:beginnen
ウロストセリア帝国。
軍事国家。科学技術が発展し、国の大半は工場や科学研究施設になっている。それにより、緑が少なく、自然に乏しい国となっている。ウロストセリアの国民は髪の毛が白い事が特徴となっている。隣国アルセア国とは争いをした経験があり、その開戦理由などが要因で和平条約締結後の今も、完全なる和平関係となっていないのが現状である。
アルセア国民は自国の王の不祥事として、ウロストセリアに対し罪悪感を持っている国民も少なくはない。その為、和平にも積極的である。しかし、ウロストセリアは王の身勝手とは言え、いまだにアルセアへの不信感は強い。
―記念式典約2カ月前。
皇帝は1枚の文書を見て、眉間に皺を寄せていた。文書は隣国アルセア国からのもので、和平条約締結5周年を祝う式典への出席依頼であった。和平を結んでいるものの、隣国で行われると言う式典に参加する事はウロストセリアの者として即断出来る事ではなかった。
「どうなさいますか、皇帝陛下」
「国境である、パワグスタにて行うらしいが、結局はアルセア国内。難しいな」
「しかし、出席出来ないとなると、和平条約を結んでいる関係上今後に影響してしまう事が考えられます」
「こちらから和平を危うくしてしまうのは、何とも具合が悪いな。……まあいい。この話は追々決断する」
皇帝は文書を置く。その文書を見つめるクロムグリーンの瞳は、より深い色をしていた。
「陛下、私は剣の稽古の為、お先に失礼いたします」
同じくクロムグリーンの瞳を持ち、白い髪の毛を短く切りそろえた青年が皇帝を見つめる。皇帝は少し不機嫌だったその表情を柔らかくし、頷いた。一礼をして恭しく部屋を後にするその姿に誰もが感心の眼差しを向けていた。
「ゾーネ様はご立派な第一皇子ですな」
「私も安心している」
「リヒト様もご立派ですし、ウロストセリアは今後安泰そうで安心ですよ」
一瞬、リヒト、と言う名前が出てきたと時に皇帝は顔をしかめたが、誰も気が付く者はいなかった。皇帝は表情をすぐに戻した。
「そうだな……」
1人が舞を踊るかのように木刀を振り、相手を翻弄していく。ウルトラマリンの瞳が自信に満ち溢れている事を示すかのように、輝いている。一方対戦相手は、息が整わなくなり、流れる汗も止まらない。繰り出される一撃を受けているので精一杯という様子だった。そうしている間に、疲労のせいか、よろけ、あっけなく尻餅をついてしまった。
そこに、拍手が空間を割って入る。
「さすが、我が弟」
「兄上! 会議お疲れ様です」
ウルトラマリンの瞳がゾーネを見つけると嬉しそうに彼に駆け寄って行った。白色の柔らかな髪の毛は飛び跳ねるたびに、踊った。近くまで来て、立ち止まると、白い髪の毛はふわりと定位置に戻り、右から左に流した前髪の下から深い青の瞳が覗く。だが、整えられた髪の毛はゾーネが手でぐしゃぐしゃとしてしまう。
「次は私の相手もしてくれ」
「勿論です、兄上」
笑顔でそう言うのは、リヒト・ウロスタリア。このウロストセリア帝国の第二皇子である。第一皇子であるゾーネ・ウロスタリアとは5歳離れているが、兄にも劣らない才能を兼ね備えていた。もちろんゾーネの方がリヒトに負ける事は無い。そんな弟をゾーネは誇らしく思っているのだった。リヒトもまたゾーネを信頼し、尊敬していた。
この2人の兄弟の仲の良さは城の中でもよく知られている事だった。
「いやぁ、強いな、リヒト」
「くっ!」
先ほどまで相手を翻弄していたリヒトであったが、今度は逆にゾーネに翻弄されてしまっている。一見2人は互角に戦っているように見えるのだが、ゾーネは笑顔で、リヒトは真剣な面持ちでいるのだ。ゾーネは本気を出していないことになる。
周りの兵たちは自分たちの稽古も忘れ2人の様子を見ていたのだった。
「お前たち、自分の稽古はどうした」
「すいません、ゾーネ様たちの試合を見ていると勉強になりまして」
リヒトが座り込んで息を整えようとしている横で、ゾーネは見物をしていた兵士たちに言う。兵士たちは頭を掻いて苦笑いしながら、ゾーネに話していた。ゾーネは呆れたような顔になり、つられて苦笑いをする。
「褒めてもらえるのは嬉しいが、見ているだけでは上達しない。稽古に励め」
言葉は強いのだが、口調は少し優しさを含み、兵士たちは大きく返事をすると自分たちも木刀を振り始めた。
「ゾーネ様、リヒト様お見事でございました」
「ミュレット、ありがとう。弟をいつもどうもな」
「いえ、私はリヒト様に恩義がございますので、当然の事をしているだけです」
リヒトと同じウルトラマリンの瞳を持った者がタオルを2枚持ち、ゾーネとリヒトの両者に手渡した。ゾーネと会話する姿は大変丁寧であった。
ミュレット、と呼ばれたのはリヒトの従者ミュレット・シャッテンである。黒縁の眼鏡をしているせいもあってか、真面目でしっかり者に見える。見える、だけではなく、その見た目を裏切らない性格も持ち合わせている。
「リヒトはいいやつを側に置いたな」
「はい」
「羨ましい限りだ。……よし、休んだだろう? さあ、構えろ、リヒト」
リヒトは元気がまだまだある兄ゾーネにせかされて立ち上がり構える。2人の使っていたタオルを受け取り、ミュレットは一礼して邪魔にならぬよう、その場から離れる。
疲れているはずのリヒトだが、ゾーネに負けたくないという気持ちが大きく、深呼吸して目の前にいるゾーネと向き合う。
それから2人はずっと稽古をしていたのだが、リヒトがゾーネに勝てる事は無く、リヒトがくたくたになるまでそれは続いた。
4章始まって早々、主人公たちはしばらくお休みです。
隣国の皇子編、お願いします。
2015/10 秋桜空




