-03:お願いを言う、人-
日は高いが、路地に入ってしまえば薄暗いところも多くみられる。
「……くそっ、ひでぇめに遭った」
道に倒れていた3人はむくりと起き上がった。あれからしばらく地面に這いつくばっていた。
「力が強いあんたに殴られて超いてぇ」
「……あいつのせいだろ」
余裕な表情で自分たちの攻撃を躱していったあの青年の事を思い出すだけで、3人ははらわたが煮えくり返るほどだった。
そんな3人に近づく影が1つ。音もなく、彼らに近づいて行った。
薄暗いこの路地裏に、さらに濃い影が浮かび上がる。そこから放たれる冷気に1人の男が気づく。建物の陰からすうっと現れる、闇。
「……あ、あ、ぁぁあああっ!」
路地裏に現れた1人の派手な衣装を身に纏った人間が現れる。カラフルなワンピース、袖は左右で長さが違って奇抜だ。左目下には、クラブのマーク。
顔は全体が仮面に覆われており、その口は細長い三日月で不気味に笑っている。仮面で作られた表情も冷たさを感じる1つの要因になっている。
その姿を目の前にしていい歳の大人が震えあがっている。
その男の異常なまでの怖がりに、2人もそちらを見る。その男を心の中で笑っていたが、自分たちは笑える状況でない事を突き付けられた。
その間、仮面の人間はただ、見ていた。仮面の下から蔑むようにその男たちを見ていた。
「……な、なんで、道化師がここにっ!?」
1人の男が震えあがりながら声を絞り出した。その光景にため息を吐く仮面の人間。
「身に覚えがないのか?」
冷たく言い放つ。
「お、俺らは、なんもしてねぇ、い、一般人、だぜ?」
先ほどルーナを連れ去ろうとしていたが、この時ばかりは一般人面に戻る。そんな嘘は相手には通用していないようだった。
「戯言はいい。誰に頼まれた?」
そう言って歩みを進める仮面の人間に、男3人は情けなく地面を這って逃げようとする。しかし、視線が逸らせない。逸らしたら、背を向けてしまえばもう終わりだ、と本能がそう告げているのだ。
「……答えないの?」
イライラしたように言ったが、男たちは口を割らなかった。
「屑のくせに意外と忠実ね」
でも、と仮面の人間が立ち止まる。
「死ぬけどね」
―03:お願いを言う、人
「……は?」
目の前でさっき助けたばかりの少女が突然そんな事を言い出すのだから、青年は何が何だか分からない。
一方、ルーナは自分が変な事を言ったとは微塵も思っておらず、返事を今か今かと待ちわびている。
立ち止まって睨めっこをしている2人。大通りを通る人間はその2人を邪魔そうに避けていく。大通りの端にいるとはいえ、日が高くなってきたこの時間帯は人がたくさんいる。たとえ端にいるとしても、通る人間の障害物になっている。
「ちょ、来い」
その状況は青年が察し、ルーナの手を掴んで引っ張っていく。
そして、青年が連れてきたのは少し落ち着きのあるカフェだった。
2人掛けの席に座り、水とメニューが運ばれてくる。店員が丁寧にお辞儀をし、去っていくと青年は複雑な表情をする。
「返事も聞かないままで悪かった。……で、何だって?」
「私と旅をしてくれない!?」
さっきよりはっきりとそして、大きな声で言ったルーナ。その声が良く通った店内は一瞬しんとなる。話し声は普通にしていたからそこまで静かな店ではなかったが、ルーナの声はその話声の上をいってしまったため、目立った。
その声が聞こえた客は青年を怪しげな者を見るような目で見るようになった。
「お、落ち着け。聞こえるから、そんなに大きな声じゃなくていい」
「で、返事は?」
青年は、はーっとため息を吐いて頭を抱えた。
先ほどよりは落ち着いた視線だが、いまだに刺さる視線が痛い。青年は目の前にいる少女が不思議でならなかった。
(さっき会ったばっかりで何を言い出す)
「あのな、お互い会ったばかり何も知らないのに、いきなり旅とか、普通ないと思うぞ」
「1人で旅をしようと思ったけれど、あんな目に遭って分かったの。1人は危ないって」
「じゃあ、旅をやめろよ」
ルーナはムッとなる。
「家で心配している奴がいるだろう? 旅なんてやめろ」
「……家には、誰もいない。両親は殺されたの」
「……」
先ほどまでまっすぐ前を見ていたルーナは俯く。その様子を見た青年はまずい事を言ってしまったと焦る。そして、減ったはずの視線が増えており、背中というか全身がチクチクとする。
そんな視線やルーナの様子にどうしようかと迷っていると、彼女は不意に顔を上げた。
「両親を殺したのは道化師。私はそいつを追うの。だから、旅に出る」
か弱い、つい何十分前に震えていた少女ではなく、強い決意を持ち、か弱いと言い難い少女がいた。そのルーナの様子に少し、驚いた青年は息を吐いた。
「……だからって、なんで俺なんだ?」
「さっき、助けてくれたでしょう? とっても強かったから、頼もしいと思いました」
「……ボディガードかよ」
「17歳の女の子を1人旅させろって言うの?」
17歳というワードに青年は驚く。
「げ、お前、17歳なのか?」
青年の口から出た失礼な言動にルーナは精一杯目の前の人間を睨みつける。
「あ、いやー……。それより、何か頼むか? ほ、ほら、奢ってやるよ」
店員が持ってきたメニューを思い出したかのように、慌ててルーナの前に広げる青年。はっきり言ってそんな事どうでもよいと思っていたルーナだったが、メニューを見て目を輝かせる。
「パフェ! 私、パフェがいい!」
「はいよ。……あ、すいません」
呼び止めた店員は青年を見るなり、少し表情を厳しくしたが、すぐに営業スマイルが現れる。その様子に気がついた青年はもうこの店は来ないようにしよう、と心の中で誓うのであった。
「パフェ1つ、あと、シフォンケーキ――」
青年の顔がきらきらしだしているのは気のせいだろうかとルーナは思う。
「ホールで」
爽やかな笑顔を浮かべた青年に、店員は「はい」と言うしかなかった。
ルーナも呆然とし、パフェが運ばれてくるまで動けないでいたのだった。
本題は解決していない。