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「私の、せい、なの……?」
透明で、穢れのない瞳には、輝くものが溢れていた。
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レイはユースリアに手を伸ばそうとするが、その手が、彼の目に映って瞬間、手を引っ込めてしまった。レイには分かっていた、自分の手がどれだけ汚れてしまっているのかという事が。
レイは、彼女を助けたいと思っていた。しかし、彼女を助けるためには、彼女に知られるわけにはいかなかった。彼にとって、一番大事にしたい、一番恐れている存在。
「何か言って、レイ」
「何か言ってあげたらどうなの、レイくん?」
ドアがきしむ音がし、2人が目を移すと、そこには左右の瞳の色が違う、女性が壁にもたれていた。左目の青は吸い込まれそうで、そして、その色に抱く感情のまま、冷たく感じられた。右目の赤は温かみを感じることなく、迫りくる恐怖をレイに与えてならなかった。
「アネ、モネ……さん……なんで」
レイは驚愕して、上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。その様子を見て、ユースリアも不安げな表情を見せる。アネモネ、と呼ばれた、その女性は2人を見て、嗤った。
「代わりに教えてあげる。あなたのお薬、そのために彼氏くんはいろーんな人を犠牲にしているのよ。まぁ、悪ぅい人たちは、大いに助かっているんだけどね。そう、あなたを助けるためにレイくんは――」
「やめろ! もう話すな。ユースリア、きみのせいじゃない」
アネモネの言う事を何とか遮るレイだったが、そんな彼の思いも空しく、ユースリアの表情は恐怖に満ちていた。
自分のせいで、大好きな人が、手を汚し、それだけではなく、いけない事に手を染めてしまっている。全ては、自分を助ける薬の為に。そんな事を知ってしまったユースリアは叫んで、泣き崩れた。
「ユースリア……」
「さーてと、レイくん。分かっているよね」
呆然と立ちすくむレイの横でアネモネが静かに呟く。
「何? まさか、分かりません、なんて言わないよね。バレちゃったんだから、仕方がないでしょう?」
「ま、待ってくださいよ。彼女は……!」
アネモネの言わんとしている事が、分かり、みるみるとレイの顔が青く染まっていく。だが、そんな彼を見ても、アネモネの表情は変わる事がなかった。淡々としていて、そうする事に何のためらいも感じていなかった。レイとアネモネの立場が逆でも、彼女は何とも思わず、事を進めるだろう。
「分かっている、でしょ?」
アネモネは、レイの手にきらりと光るものを持たせ、背中を押して、ユースリアの元へ歩ませる。あまりにも、力のない足取りだったレイは、ユースリアの目の前でつまずいて、倒れ込んでしまう。レイとユースリアの間にはナイフが光っている。
レイは顔を上げて、それとユースリアを見つめる。ゆっくりと手を伸ばし、それを取ると、ギュッと握りしめた。
アネモネは無表情のまま、腕を組んで、その様子を眺めていた。
(僕は、僕は、僕は僕は僕は僕は僕は――っ!!)
ユースリアの目と、レイの目が繋がれる。その目は、彼が知っている、彼を見る彼女の目ではなくなっていた。
――犯罪者。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
光る部分が、彼女の体の中へ消えていく時、彼女は、ユースリアは泣きはらした目をレイに向けて、静かに笑った。
腕の中で冷たくなった、彼女を抱きかかえて、ただ己を嗤った。
アネモネはいつの間にかいなくなっていて、そこに残されたのは、レイとユースリアのただ2人だけだった。
窓に目を向けると、空には多くの星が輝いていた。月が雲の隙間から顔を出すたびに、ユースリアの白い肌と赤い鮮血が照らし出される。その度に、レイは唇を噛みしめていた。
「結局、僕はきみさえも守れなかった。守ったのは、この、どうしようもない、僕だけ……」
守るために、何でもすると決めた。彼女がいない未来が怖かったから、だから、彼女を生かすための薬を手に入れた。それが、たとえ、いけない事を手伝う事が条件になってしまっていても。それでも、守り通すことが出来なかった、その、情けなさが、レイには痛かった。
レイは後悔をしている自分が可笑しかった。自分が手を下したはずなのに、なぜここまで後悔しているのか。そもそも、後悔しているのか。実はホッとしてしまっている自分もいるのではないかとも、思い始めていた。
「僕は……」
ぽつりと、レイが呟いた時、床がギシッと音を立てた。アネモネが戻って来たのかと、レイはため息交じりに振り返った。
「アネモネさんまだ何か、お望み通り、に……」
そこにいたのは、アネモネではなく、人をあざ笑うかのような仮面を付けた、道化師が立って、2人を見下ろしていた。
「残念な奴だな」
「……僕は、僕は良かれと思ってやっていたんだ。僕は彼女を確かに救っていた。だから、彼女は今まで生きてきたんだ。そうだよ。僕は、僕は間違ってなんかいない」
道化師を前にして、レイは自分でも何を言っているのか分からなくなってきていた。それでも、口は止まることなく、言葉をただ吐き出していく。
「ああ、でも、そうだね。僕が間違っていた事は、あるよ。僕は、善人なんかじゃなかった。自分が思っているほど、周りが考えているほどね。僕の本性は善人なんかじゃない。ははは、だからね、善人じゃない僕は、間違っていないよ。だから、僕は残念なんかじゃない。残念なのは善人だと思っていた奴らの思考だよ。ねぇ、道化師さん」
月明かりが、道化師のモノクルを不気味に輝かせる。
レイは思っていた、もう、助からないと。自分もユースリアと同じ、いや、同じだけれど違う場所に行くのだという事がひしひしと伝わる。目の前にいる道化師を見つめているとそういう様考えざるを得ない。
「……ねぇ、いつから疑っていたんだい?」
レイは笑いながら床に倒れた。




