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目の前に纏められた資料に目を通し終えると、それを机にドサッと置いた。
「アスラエルは今、安定しているか?」
机の前に立っている騎士は紳士の様な素振りで、頷く。その動きが丁寧すぎて、逆にアズウェルは疑いたくなるほどだった。しかし、その様子を相手に悟られるわけにもいかず、アズウェルは平静を装った。
「……報告ご苦労。また、アスラエルを頼むぞ」
「重々承知しておりますよ。2度とは繰り返しません」
メルクラムが恭しく礼をして執務室を去ると、アズウェルは息を吐き出した。アズウェルにとって、メルクラムはどうも苦手だった。年下である自分に対して敬意を表し過ぎるところがあるからだ。何よりも地位や名誉を尊重しそうな人間である事が伺えるからかもしれないとも考えた。
「明日の明け方にパワグスタへ向かうというのに、早速心労ですか?」
「……大丈夫だ」
「パワグスタでの式典もだいぶ精神に負担ですからお気を付け下さい、騎士団長殿」
アズウェルは机の上にある、もう1つの資料を見た。そこに書かれているのは、和平条約締結5周年記念の式典の概要だった。隣国の皇子が来て行われる式典、その隣国は因縁深いとあれば、話が来ただけでもアズウェルにとって頭を抱えるものだった。
「困ったな……」
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約束通り、ルーナとユースリアの2人はまた中央図書館で会っていた。ルーナは昨晩異常者を見た事、少し危なかった事を話した。深刻になるユースリアの顔を見たルーナは、彼女にも気を付けて欲しいと言うのであった。
「そう、私も気を付けるわ」
「今日も明るいうちに帰った方が良いと思います」
そうね、と言いながらユースリアはどこか他の事を考えているようだった。不思議に思ったルーナがじっと見つめているとユースリアは慌てて笑顔を作った。その笑顔があまりにも苦しそうだった事にルーナはしっかり気がつけてはいなかった。
「もう、帰ろうかしら。……ちょっと、レイと話してくるわね」
「そうですか……。じゃあ、また明日」
ユースリアは微笑んで図書館の中に入って行った。後姿が何だかとても寂しげだとルーナは思った。
晴れているが、だんだんと雲行きが怪しくなってきた空を見たルーナは自分も早く帰ろうと思った。また、昨日の様な事になるのはとても嫌だったからだ。
(ああ、やっぱり……)
ユースリアはC区画の本を開いて、心が締め付けられる思いだった。彼女は見つけてしまったそれをさっとワンピースのポケットの中に押し込んだ。辺りをきょろきょろと見渡し、誰もいない事を確認してから急いで元あった場所へと本を戻した。
ユースリアはその場から逃げ出したいと思っていた。その所為か、通路に出る時に人にぶつかってしまった。
倒れそうになる身体が、ふわりと支えられる。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい」
ユースリアは礼だけして、素早くその場から立ち去った。
(……)
ユースリアの後姿を見送った、リースは彼女が急いで出て来た本棚を見た。きれいに本が並べられているが、1冊だけ、ほんの少し飛び出している本があった。めったに人が来ない事が伺えるC区画の一角にある本棚。それ故に、本は飛び出ることなく背表紙は揃えられている。だからこそ、その1冊はリースの目を引いた。
近づいて行く。2冊分のスペースに、1冊だけ。
「……『女神アルセアの力』」
誰かが近づいて来る気配がして、リースはさっと、本棚の間に身を潜めた。耳を澄ましていると聞こえるのは金属がこすれる音と、床を踏みしめる音。リースが横目で見やると、金色の腕時計をした男の腕が先ほどリースが見つけた本の辺りに伸ばされている。それだけ確認すると、リースは視線を戻し、息を殺していた。
男は何冊か手に取ってパラパラと本をめくっていたようだが、しばらくすると荒々しく本を閉じ、舌打ちをして本棚を離れて行った。
気配がなくなり、本棚をもう一度見て、リースは本棚の隙間から現れた。
凸凹になっている背表紙を真っ直ぐにした後、リースもその本棚から離れて行った。




