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「あの司書の彼女?」
ルーナの言った言葉が予想外だった為に、リースはもう一度聞き直した。
中央図書館の帰り道。日は傾き、空は赤から黒へ色を変化させていく。周りには、手を繋ぎながら帰る子どもと母親の姿もあった。
ルーナとリースは2人並んで歩いていた。
「そう、ユースリアさんって言うのだけど、レイさんの事が心配みたいで……」
黄緑色の瞳が不安そうに揺れる。
「どうしてだ?」
「レイさん、1年近く特にいっぱい働いているって聞いたの。ユースリアさんの治療薬を買うためじゃないかって、気が気じゃないみたい……」
リースは黙って聞いていた。珍しく何も言わず黙って聞いていてくれるので、ルーナはどんどん話を進めていった。
ユースリアの病気、治療薬。そして、レイが声を荒げた事など、今日あった事を1つずつ話していくのだった。
ドン。
「……っ、ごめんなさ――」
話すことに夢中だったルーナは誰かとぶつかった。顔を上げて、謝罪の言葉を述べたのだが、その途中で、ぶつかった人間の放つ雰囲気が異様な事に気が付く。
目の隈は深く刻み込まれており、焦点も定まっていない。どこかフラフラとして、危なっかしい。容姿も貧しく、ボロボロの衣服を身に纏っていた。
「おめぇ、いてぇじゃねぇか、なぁ?」
焦点の定まらない目が、急にルーナの姿を捕えていた。光の射していないその瞳に、ルーナは恐怖で足が竦んだ。
フラフラと伸ばされた手がルーナの襟元を捕えようと迫ってくる。
その手が、ルーナに届こうとした。
「やめろ」
咄嗟に目を瞑っていたルーナは恐る恐る目を開けた。襲ってくる筈の衝撃が無かったのは、リースが相手の腕を掴んでいたからだった。
フラフラしている男はぎょろりとリースを睨む。目玉が取れてしまいそうな、そんな様子が、その男の異様さを改めて感じさせた。
「んだぁ?」
その男は掴まれている腕を振りほどこうとするが、びくともしなかった。男は焦りを見せて、必死に振りほどこうとしている。そんな男とは対照的にリースは涼しげな表情だった。
リースは抵抗する男を見て、溜息を吐くと、男の腕を捻り上げた。
「いぎゃぁぁああ!」
断末魔の叫び声が辺りに響き渡る。
その声に、周りの人々も異常性を感じ始めてざわざわとしていた。子どもの手を懸命に引き、母親はその場から一目散に離れようとしていた。
リースが腕を離すと、男は地面に蹲った。その間ずっと、悲鳴のような叫びのような、聞くに堪えない、悲痛な声を上げていた。
しばらくして、騒ぎを聞きつけた、騎士団がそこに現れた。
事情を聞かれ、リースは淡々と答えていた。ルーナはリースの側で微かに震えながら、男が騎士に連れていかれる後姿を見ていた。男は異常なまでに怯え、震えていた。
「お怪我はありませんでしたか?」
「いえ、特に。……最近多いんですか、こういう事」
リースに尋ねられた若い騎士は苦い顔をした。
「異常者は前々から多少いたんですが、前段階で抑えられた事も多くありましたから」
「前段階?」
「……異常者は依存性のある薬物による狂乱状態なんです。取引の場所を変えたらしく足取りがなかなか掴めなくて」
「おい、べらべら喋っとるんじゃない」
後ろから現れた中年の騎士に怒鳴られた若い騎士はしまったという顔をした。若い騎士はリースに再度怪我の確認をすると、急いで他の騎士がいるところへ駆けて行った。
リースはしばらく考えていたが、ひとまず家に戻る事が先だと考えた。
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「ついてなかったな」
少しルーナが落ち着いた頃にリースはそう言った。
なかなか落ち着かなかったルーナは通りにあるベンチに座っていた。辺りは暗くなってしまっていたので、比較的明るい所を見つけ、リースはそこに座らせたのだ。
いつまでも竦んで動けないルーナを道に置いておくわけにはいかなかったのだ。
ルーナは昼間、ユースリアに言われた事を思い出した。最近異常者が現れると。だから、帰り道は気を付けてと言っていた。
胸元にあるペンダントをギュッと握りながら、ルーナは思い出した。
「もう暗い。また異常者が出るかもしれないから、早く帰るぞ」
リースは歩き出そうと、身体の方向を変えた。
「……」
しかし、その動きはルーナの手によって阻まれてしまった。
服の袖を掴まれてしまったリースは額に手を当てた。
服の袖を掴んでいるその手は小刻みに震えていた。リースからルーナの表情はブロンドの髪の毛に隠れてしまって見えなかったが、大体の想像はついていた。
リースは仕方がなく、そのまま動かなかった。
「……ねぇ」
「帰る気になったか?」
「どうして、リースは冷静だったの……?」
リースはそんな事か、としゃがんでルーナと向き合う。
「あいつは1つの事しか考えられない奴だ。俺に掴まれていない方の手を使えばいいのにな。そんな奴に臆する必要は感じられない。一目で異常だと分かる異常者は怖くはない。……怖いのは、普通を装う事の出来る異常者だ」
リースは癖なのか、また、ルーナの頭にぽんぽんと手をのせた。
ルーナは震えていた身体を押さえ、立ち上がった。それを見たリースはゆっくりと歩き始めたのだった。
ルーナは分からなくなる。リースは優しいのか、それとも、冷たいのか。今のように優しく頭を撫でてくれたり、自分を守ってくれたりする彼が、時として冷酷な事をする。しかも、当然の事のように。
あの男を見る目も、怖かったとルーナは思った。救われた事は確かなのだが、あの時のリースの表情が異常者の男とは別の感じで怖かったのだ。
ルーナはこれ以上考えるのを止めようと、頭を左右に振り、リースを追いかけた。
空は暗く、星は微かに光を放っていた。
ファグランディの待つ家が、セルトラリアに来て初めて、泣きそうになるくらい嬉しかったルーナであった。
お久しぶりになってすいません……。
またしばらく書き溜の期間になってしまいそうですが、努力していくつもりです。
2015/6 秋桜空




