-02:私と旅を-
この国の名は、アルセア国。
生と死を司るとされる女神アルセアを信仰する国だ。
国王がいるが、国の方針は議会が開かれ各地の代表が集まり、話し合うことで決まる。最終的な決定権は国王にあるのだが、その権利を乱用しようという事は今までなかった。
そんな、一見平和と思われるこの国。知らぬところではいろいろな思惑が当然のようにあるのだが。どの国もそんな事は当たり前。完璧に平和な国などありはしない。
―02:私と旅を
この町はリスター。アルセア国の北側に位置する。隣国イダラとの国境に近い町である。その国で育った少女、ルーナは両親を殺され、ただ1人になる事を余儀なくされた。
そんな彼女はこの町に留まろうとはしなかった。
(もう、誰もいないのだから、私は道化師を追ってやるわ)
自分の部屋で必要と思われるものをひたすら鞄に詰めていく。それでも、詰めすぎは良くないとルーナは知っているので、ある程度の重みまでにすることにした。
台所に降りて、食料も持っていく。
ルーナはいまでもこの台所が嫌だ。両親が死んだ時の感覚が残っているからだ。一歩その場所に入ってしまえば、あの時の光景を思い出してしまう。それでも、今日でこの場所ともお別れと思うとここに来て、あの時を胸に焼き付けなければいけないと思う自分がいる事をルーナは知っている。
あの日、ルーナの全てが変わった。
だから、ルーナは自分で道化師に会わなければいけないと思う。両親を殺した理由。そして、道化師がしている事を知りたい。いったいどんな人間たちなのかをルーナは知りたいのだ。
(あんな酷い事が出来るなんて、人間ではないかもしれないけれどね)
ルーナは荷物を全てまとめ終え、玄関に向かった。
ドアを開ければ、そこは、日の射す眩しい外の景色が広がっていた。
「いってきます」
誰に言うでもなく、呟き、ドアを閉めた。
道化師を追うにはまず、道化師の動向を知る必要があると思うルーナだが、旅など今までしたこともないし、どうしていいか分からない。家を出て、大通りに来てみたものの、ここからどこに向かおうかと迷ってしまう。ルーナは地図を広げて考える。
(隣のアスラエルに行ってみようかしら。……まずは道化師は最近どこに現れたのか知る必要があるかな?)
迷いつつ、大通りで立ちすくんでいるのは邪魔になるので、ルーナは地図を見ながら考えて進む。両親が一度も町の外に連れて行ってくれなかったのを彼女は少し恨む。
ドン
「いたっ」
何かにぶつかったようで、ルーナは地図から目を離した。
前を向くと、いつの間にか大通りではなく、少し脇道に逸れている。大通りの様な賑やかさはなく、薄暗いし、じめっとした嫌な感じがする。
それに、ぶつかってしまったのは強面な男。ルーナよりも20センチは大きく、立っているだけで威圧感がすごい。
「ごめんなさい」
潔くあやまって、その場から去ろうとしたが、道がぶつかった男とは違う2人によってふさがれていた。
2人ともぶつかった男よりは小さいが、顔はいかにもな感じで、ルーナは後ずさる。しかし、後ろにも男がいると思い出し、動きが取れなくなってしまう。
「あやまって済むのかい? お嬢ちゃんよぉ」
ぶつかった男が気味の悪い声で後ろから言う。ルーナはびくっとしてその男と対峙する。
旅を始めようとして、まだ、1時間くらいだというのに、こんな事になるなんて自分は心底運がないと思うルーナだった。
「……私は急いでいます。通してください」
怖い気持ちを何とか押さえつけて、冷たく言い放つ。しかし、男たちはそんなルーナを嘲笑った。ルーナはその様子にダメかもしれないと思う。
「もしかして、1人なのかな? 謝罪ついでについて来てくれないかな?」
後ろの男がルーナの手を引きながら言う。その行動はルーナに選択権はないという事を突き付けていた。ルーナは振りほどこうとするが、男の力が強い。
「やめ――」
力で敵わないのならば、大声をあげて周囲に知らせようとしたのだが、それも敢え無く、腕を掴む男に口をふさがれてしまう。後ろから感じる男の体温に寒気がする。
男から逃れようとじたばたしてみるのだが、ルーナには無理であった。それでも、この状況が嫌で必死になって身体を動かす。
「お嬢ちゃん、元気でいいねぇ。可愛いし、高く売れるよ?」
(まずい、この人たちやばい……!)
絶対に逃れなくてはならないと、さっきよりも力を込めて逃げようと試みる。嫌だったが、男の手に噛みつき、その隙を狙って逃げ出そうと考えたルーナは男に噛みつく。
「いでっ!」
少しゆるくなった拘束から抜け出した。
「残念」
が、ルーナは目の前にいる男に動けなくなった。気味悪くけらけらと笑うその男。1人から抜け出してもまだ2人もいる。彼女は恐怖で震えだした。
「ちょっと、大人しくしてね」
大きな麻袋が見えて、ルーナは目をギュッとつむった。
(誰か、お願い、誰か!!)
「何やってんだ、おっさんども」
今までなかった声にルーナはそっと目を開ける。
そこにいたのは1人の青年。
「あ゛? こっちはお取込み中だぜ、ガキ」
「いい歳したおっさんが寄って集って……ロリコンか?」
周りの男たちは視線を青年に向ける。
3対1でも臆することなく青年は涼しい顔をしている。男たちはその様子が気に食わないらしく、苛立っていた。
「お前こそ、ヒーロー気取りかぁ?」
その言葉に鼻で笑った青年。ルーナはそんな事していないで早く助けてほしいと思った。火に油を注ぐその態度は見ているこちらも安心しない。
「そう言うって事は悪役としての自覚があるんだな?」
「うっせぇ!!」
ドスッ
殴りかかる、男。
しかし、それをさらっと躱してカウンターを決める青年。
殴りかかった男はあっけなく地面に突っ伏す。
「悪役にしては弱すぎだな」
手首を鳴らして、余裕な青年は残る2人を鋭い目つきで見ていた。
「一気に潰す!!」
今度は2人同時に青年に殴りかかっていく。
シュッ!
男の拳が何もないところを殴る。
ひょいひょいと軽々2人のパンチを避けている青年はまるで遊んでいるかのようだった。その様子にルーナはポカンとしてしまう。
「くそっ! ガキのくせに!」
「もう飽きた。終わり」
その様子を見た1人は力いっぱい青年に殴りかかった。その速さは今までで一番。威力もあるだろう。それが、怖くてルーナは目をつむる。
ドスッ
「うがぁっ」
青年ではなく、男の声がした。ルーナは目を開けると、あの男2人が殴り合っており、1人のパンチが顔面にクリーンヒットしている。殴った方の男は驚いていた。
青年は2人をぎりぎりまで引きつけ、殴られる瞬間、下にさっと避けたのであった。
「もう、こんな事やめるんだな」
そして、その男に強烈な一発がお見舞いされた。
「大丈夫だったか?」
青年に手を差し伸べられて、ルーナは起き上がった。服についたほこりをを手ではらってから青年に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや、いいよ。大したことじゃない。これに懲りたら、1人でこんな所来るんじゃない」
青年は子どもを叱るように頭をポンと撫でながらそう言った。
17歳になったルーナはその行動に少しムッとなった。
「大通りまで送る」
青年は歩き始めた。ルーナも置いて行かれるのは嫌だったのでその後を追う。
道には3人の男が倒れていた。
ルーナは大通りの賑やかさと華やかさに心が静まった。あんな薄暗いところにはもう行かないように注意して旅をしなければいけないと、彼女は思った。
(でも、1人はやっぱり大変かもしれない……)
こうなれば、ルーナの考えはただ1つ。
「私と旅をしてくれない?」
青年は突然の事に目を丸くするしかなかった。