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ごくごく普通の家、ルーナはそう思った。
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扉を開けた時、良い匂いと、懐かしいような、不思議な感覚がルーナを襲った。奥では、おそらく、ファグランディが夕飯の用意をしているのだろう、カタカタと音が聞こえてきていた。不規則なリズムが何故だか体に沁み込んでいく。
音が途絶えた。
「あぁ、おかえり」
奥からひょっこり顔を出した、ファグランディは、笑顔だった。
「た、だいま……」
久しぶりのその言葉が、口からこぼれていった。
その言葉を言ったきり、立ち尽くしているので、リースはルーナの横を遠すぎる時、頭をポン、と叩いた。
それで我に返ったルーナはリースの後にくっついていった。
「ただいまパパ、くらい言ってくれないと困るよ、息子」
「言ってろ」
テーブルに並べられていたのは、湯気の立つ、おいしそうな料理の数々だった。ルーナは道中、リースから話を聞いていた。なんでも、料理はファグランディの得意な事の一つだそうだ。リースが用で家に行くたびにその腕前を披露されるのだとか。
ルーナは話をしていた時のリースが微笑んでいたのを横から温かな気持ちで眺めていた。
「さあ、冷めないうちに食べてね」
ファグランディに促され、2人は席に着いた。
焼きたてのパンと、その横に置かれた具沢山のクリームスープ。明りでつやつやと光っている、鳥の照り焼き。いい匂いがその部屋いっぱいに広がり、自然と空腹を意識するようになった。
「いただきます」
「――それで、何か収穫はあったかな?」
食事を始めてしばらくしてから、ファグランディが何気なく聞いた。ルーナは1つの記事に何時間も使ってしまった現実があるため、答えをはぐらかそうとしていた。答えに戸惑っていると、リースが横でため息を吐いた。
「こいつは、どうものんびり屋らしい」
「な、それは……」
言われたことが事実だっただけに、ルーナは言い返す事が出来なかった。
そんな2人の様子が可笑しかったのか、ファグランディはくすくすと笑っていた。
「その間、リースは何をしていたんだい?」
ファグランディの優しさを含んだ目が、少し違う様にルーナには感じられた。目の前にいるファグランディの視線の先にいるリースはカチャリと、スプーンを置いた。
「……ウロストセリア帝国の技術系の本とか、この国にある力、の本」
「ウロストセリアか……何か面白いものはあったのかな」
「あったと言えば、あったな」
「そうか……ウロストセリアの技術には私も興味があるね。是非、もっと調べたら聞かせてくれないか?」
何だか、先ほどとは違う、雰囲気にルーナは戸惑った。
隣国、ウロストセリア帝国といえば、科学技術が発展し、機械を多く作り出している国である。自然を重んじるアルセアやイダラとは違い、そのような技術が発展しているのだ。その代償として、ウロストセリアに自然環境は少ない。帝国民の食糧でさえ、最近では機械で一括管理されている。さらには穀物を育てるのではなく、作り出しているという。薬品、技術より作り出される、食糧。
「……この国の力?」
ウロストセリアの話で盛り上がっている2人だったが、ふと、リースが言っていたことが気になったルーナは、口から疑問が漏れた。
「知らないのか……?」
リースは隣にいるルーナを信じられないようなものを見るかのような目で見つめた。そのリースの態度に自分は世間知らずなのかと、どきりとしたが、リースの態度が気に障った。
「リース、その顔はやめなさい。知らない人もいるのだから」
優しく慰めるかのような、ファグランディの声が、ルーナの心を落ち着かせた。
「折角セルトラリアにいるのだから、明日調べてごらんなさい」
どうせしばらくいるのだろう、と微笑みながらファグランディは言った。その言葉に素直に頷いてルーナはまた一口、スープを口に含んだ。
目の前の優しい表情のファグランディに、父親とは、こんな感じだった気がすると、思い出していた。
「お嬢さんは先にお風呂に行ってらっしゃい」
食器を下げたルーナは、何か手伝おうと、台所で食器を洗っていたファグランディの横に行ったのだが、声をかける前にそのように言われてしまった。
お世話になるのに、何もしないでいるのは気が引けるため、なかなか動けないでいると、ファグランディは微笑んだ。
「甘えていいよ。私はね家事が好きだし、甘えられるのも好きなんだ。だから、気にしなくていいんだよ?」
「……では、お言葉に甘えて」
「うん」
「最初から、気にすることなんてないぞ。こいつはMだから」
残った食器を下げて来たリースが後ろからそう言った。
「風呂、こっちだから。あと、タオルとかは好きに使え」
風呂場を簡単に案内され、ルーナは台所を後にした。
ファグランディが食器を洗い、それをリースが拭いて片づけをしていた。その姿を見たルーナは面白くなって聞こえないように笑った。
「――あんな子連れて来て、驚いたよ」
「俺だって、初めは驚いた」
「追手は、どうした?」
「今頃、パワグスタだろう。俺たちはここでしばらく時間を稼いでからパワグスタに行く」
食器を洗っていたファグランディはその手を止め、鋭い視線をリースに向けた。
「渡してはならんよ」
「そんな事、俺が一番思い知ってる」