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「遠慮する事はない。な、我が息子?」
ルーナはポカンと呆けた顔をした。そして、ちらりとリースの顔を伺った。リースは何とも嫌そうな顔をその声の主に向けていた。
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リースは聖都であるクリスタス出身だという話をしていたような気がするとルーナは思ったが、先ほどの発言から、もしかすると、リースの家族ではないかと考えた。リースが何故すごく嫌そうな顔をしているのかは、ルーナにはよく分からなかったが。
「え、何その顔……。傷つくなぁ」
2人の前に立っていたのは、目を覆うぼさぼさの黒い髪の毛、よれよれの衣服そして、無精ひげの生えた男だった。若くは無く、40代後半あたり。
よくよく見ると、嫌な顔をしたくなる男かもしれないとルーナは思った。
「何が来たかと思えば、お前かよ」
「まさかのお前呼ばわりって……」
そして、その男は蹲り、泣き始めてしまった。
道の真ん中、しかも、人が多くいる昼間。それなのに、大の大人が声をあげて泣き始めている。その傍にいるリースとルーナは明らかに周りから関係者だと思われるであろう。
それを証明するかのように、その3人を必要以上に人々は避けていた。ある人は遠目から見て何かひそひそ話をしている。さらに、子供を持つ母親たちは、我が子から遠ざけようとしている。
「やめろ、分かったから。……悪かった。頼む、やめろ」
「じゃあ、パパって呼ん――ブフォッ」
さっきまで泣いていたはずの男は、リースが謝るなり、泣き止んでしまった。そして、リースの右の拳が顔に命中し、少し離れた地面に倒れた。
ルーナはそれをただ見ている事しかできなかった。どうせなら、この場を離れてしまいたいと思うが、さすがに1人になる事がためらわれ、仕方がなく近くにいた。
「調子に乗るなよ」
「……さすが、我が息子、いい拳だ」
どこかを切ってしまったのか、口元から流れた血を手で拭いながら、男はゆっくり立ち上がった。その顔が少し嬉しそうなのを見て、ルーナは何故だか寒気がした。
「で、何?」
「何って、さっきも話したでしょう? 泊る所なら家に来ればいいよ」
先ほど殴り飛ばされた事を微塵も感じさせない口ぶりで男は話した。
「宿代タダだし、そこいらの宿よりおいしいご飯をつくる自信がある!」
「本当に!?」
今まで黙っていたルーナだが、良い話だったために、思わず声をあげてしまった。男はルーナとリースを交互に見た。
ルーナは何事かと、ポカンとしていたが、リースは大体の予測がつくのか、みるみる不機嫌になっていくのが表情からうかがえた。
「え、いつの間にこういう趣味になったの?」
「……私は、私は!」
男の言葉が聞き捨てならず、ルーナは拳を握りしめた。
「17歳よ!!」
その拳はまたしても、男の顔面に命中した。男はリースの時程ではないが、わずかに離れた場所に倒れた。怒りがこみ上げて無意識にしてしまった事にルーナも驚いて、男のもとに急いで駆け寄って行った。
不機嫌だった筈のリースはそれを横から、腹を抱えて見ていた。
それから、ルーナも落ち着き、何とか話を進める事が出来た。
「さっきは、その……ごめんなさい」
「あ、いやいや。私の方こそ悪かったね。女性の方にとっての態度としては失礼でしたね」
お互いにぺこぺこと頭を下げていた。リースは腕を組んでそれを呆れながら見ていた。
「改めまして、私はファグランディ・グレイ。リースの養父です」
「養父……?」
「うん、そう。リースは孤児だったからね」
ルーナは戸惑い、どうしたらいいか分からなくなった。知ってしまった、真実に頭の整理が追い付かない。
そんな中、リースはため息を吐いた。
「可哀想だとか、思っているなら間違いだ。同情はいらない」
「可哀想だなんて――」
「じゃあ、この話はこれで終わりだ。ファグランディ、しばらく世話になる。後で行くから夕食は頼んだぞ」
リースはそれだけ言って、1人で先に行ってしまった。
それを見て、ファグランディは苦笑いして、頭を掻いた。養父に対して素っ気なさすぎてルーナは不思議に思った。
「行かなくていいのかい、お嬢さん?」
ぼさぼさの髪の毛の奥からも分かる、優しい瞳が向けられている事に、ルーナは気が付いた。そんなファグランディの様子から、ルーナは少し、リースに対して怒りの感情が湧き上がった。
しかし、道化師の情報は得たいため、ルーナはそう思いつつ、リースについて行くしかなかった。
「今日は、お世話になります。また後で会いましょうね」
「待っているよぉ」
ルーナは手を振って、リースの後を追いかけた。それを見送りながら、ファグランディはしばらく手を振っていた。
2人の姿が見えなくなってから、ファグランディは今日の夕食を作るために、買い物へと出かけた。一段と今日は気合を入れて行こうと思っていた。
「リースはクリスタスで生まれて、セルトラリアで育ったの?」
やっとの思いで追いついたルーナは何か話そうと、思った事を聞いてみた。
「そうだ」
「ファグランディさん、変だけどいい人ね」
「変なだけだろ、あの人は。……まあ、いい。着いたぞ」
ルーナの目の前には大きくて、綺麗な、白い建物があった。そして、彼女の視界を占領してしまった。
次回も金曜16時に更新いたします。
chapter3、これからお願いします(´▽`)
2015/4 秋桜空