-13:笑う少年-
翌日、アスラエルは道化師の話題で持ち切りだった。
領主である、エイクド・フェザリードルが道化師の手によって葬られたことは一夜にして広がっていったのだった。
ルーナとリースもそれを耳にした。
「リース、アエルの事が気になるの」
潤んでいたルーナの瞳を見て、リースは渋々それを承諾した。
アスラエルにある大きな医療所は1つしかなく、そこにいるだろうとの事でそこへ2人はやってきた。騎士が警備をしており、物々しい雰囲気漂っていた。
ルーナとリースはアエルの友人だという事で、アエルがいる部屋に通してもらう事が出来た。大分強引なやり方だったが、事が事であるため、仕方なし、とルーナも割り切っていた。
部屋に入ると、窓の外を眺めている小さな背中が見えた。部屋は白く、清潔感があった。少し開けられた窓からは風が少し入り込んでいた。その風はカーテンをひらひらと揺らしていた。
ベッドの横にはメイド服を着た女性がおり、2人を見るなり、空気を読んでか、部屋から出ていった。
それで気が付いたのか、アエルがゆっくりと振り返った。
「……こんにちは」
力なく言ったアエルがルーナにはひどく痛々しかった。
「まさか、道化師に会うとは思わなかったよ」
ルーナは道化師、という言葉に反応してアエルを真っ直ぐ見た。
「アエル、その……私も、両親を道化師に殺されて、彼らの事を調べているの」
「ルーナの両親は何をしたの?」
「何も、していない、と思うわ」
アエルはその答えを聞いてふーっと息を吐いた。
「父さんは殺されて当然だった。ルーナ、別に僕は道化師をどうも思っていないよ。だから、あなたとは違う」
ルーナは目を背け、下を向いた。
「ごめんね、あなたと僕は同じ気持ちではない。だから、あなたのそれは慰めにはならないと思うんだ。でもね、その気持ちだけは受け取っておこうかな」
ルーナは同じ道化師に親を奪われた者同士、思う事は同じではないかと考えた。そうして、ルーナが道化師を追う事でアエルの救いにもなるのではないかと思ったのだ。アエルの思いも受け取る事で、道化師を追う力にしたかったのだ。
彼女は手を握りしめた。
アエルは後ろの方で静かに見守っていたリースに目を向けた。
「僕は、父さんの罪を暴いて、背負おうと思う。これは僕じゃないとダメなんだ。僕は強くならなきゃ。いつまでも、何も背負わないわけにはいかないから……」
そう言って、アエルは笑った。
―13:笑う少年
何も言えなくなった2人はアエルの部屋から出て行こうとした。その時、アエルがルーナを引き留めた。
「ルーナ。僕のところにやってきたのは『博識の道化師』だったよ。父さんがそう言っていたんだ。声からして女の人だった」
ルーナは目を見開いて、アエルの言う事を聞いていた。アエルは真っ直ぐ見つめるルーナの視線を受け止める事が出来なかった。
「……もし、道化師の情報が聞きたいのなら、パワグスタに向かうといいかもしれないよ。うん、僕から言えるのはこれくらい」
「……ありがとう、アエル」
アエルは2人に手を振って見送った。
アエルはその後、ベッドに寝ることなく、起き上がり、身支度を整えていた。そして、2人が去って何十分かしたのち、その部屋には誰もいなくなった。
風で揺られたカーテンがひらひらとしていた。
「ごめんね、ルーナ……」
アエルの髪の毛が風に吹かれて揺れた。
「パワグスタ、行くのか?」
医療所を出たルーナにリースはそう問いかけた。少し前を歩くルーナの表情はうかがう事の出来ないリースだったが、何かルーナが決意したように見えた。
「行く」
ルーナは振り返らないままリースに答えた。
胸元のペンダントが、きらりと光った。
「アエルは自分のやり方で、前に進むと思うの。私は、私が目指すことの為に進むわ」
「父さんは、一体どれだけ……」
屋敷の一角にあるエイクドの自室にアエルはいた。
取引の相手や、今まで攫ってきた人の情報、人数、金額、それらが記された書類が大量に見つかった。これを騎士団に提出すれば、父親がしてきた罪を公に出来る、そう、アエルは考えていた。
「これはこれは、アエル様」
声がした方を見ると、扉の前に騎士が1人立っていた。
何年か住んでいれば、おのずと騎士の顔も覚えるのだが、アエルはその騎士に見覚えがなかった。たとえ見覚えがなかったとしても、雰囲気で何となくアスラエルの騎士だと分かるのだが、それが感じられなかった。
「……どなたですか?」
恐る恐る尋ねると、騎士は笑った。